月夜鴉




 今日は夏の祭典、ラ・エスターテの最終日。
 ラ・プリマヴェーラとはまた違った華やかさで、ここ数日のレガーロ島は観光客が溢れんばかりに集まっている。
 太陽が燦々と輝く中、ビヴァーチェ広場に設置された特別ステージに立つフェリチータは、黒スーツの暑さに辟易していた。

 だが、姿勢を崩すわけにはいかない。
 本日の目玉イベント、冷製パスタ大食い大会の開催宣言が、新米ドンナに与えられた任務だからだ。
 多くの注目を浴びている最中だらけた態度を取ってしまえば、レガーロ島の評判が悪くなってしまう。
 アルカナ・ファミリアのトップとして、それだけは避けねばならない。

 「お待たせしましたー!」

 笑顔を絶やさないよう気を引き締めつつ、広場内に油断なく目を配らせていると、ステージ中央に司会者が登場した。

 「満を持してやって来ました! ラ・エスターテ名物、冷製パスタ大食い大会!
 優勝賞品トマト一年分を手に入れるのは誰だー!?」

 滑らかな語り口に、盛大なる歓声が上がる。
 順調に進むトークに耳を傾ければ、司会者に名前を呼ばれ、条件反射のように目を向けた。

 「開催宣言を行うのは、レガーロ島の守護者、アルカナ・ファミリアの頂点に立つ少女!
 愛らしい姿と綺麗な御み足を刮目せよ男性諸君! ドンナ・フェリチータぁぁ!!」

 促されるまま司会者の隣まで歩み、スタンドマイクの前に立つ。
 割れんばかりの拍手を一身に受けて緊張しながらも、何度も練習した口上を述べた。
 一回だけ舌を噛みそうになったが、どうにか無事に宣言を終える。
 最後にぺこっと頭を下げると、会場は再び拍手の渦に包まれた。





 壇上から下りて、ファミリーの館へ帰還する。
 外での任務は開催宣言だけであり、この後は執務室へ戻ってデスクワークをこなさなくてはならない。
 片づける書類の順番を考えながら歩いていると、不意に声をかけられた。

  「ステージにいたお嬢ちゃんだろ?」

 鴇色のリーゼントが特徴的な、中肉中背の壮年男性。
 デニム生地のジャケットはわざとビリビリに破けており、穴からは不健康そうな肌が見えている。
 非常に目立つ容姿ではあるが、フェリチータには知らない顔だ。
 恐らく観光客だろうと思い至り、ここで失礼をしてはファミリーの名が廃る、と背筋を伸ばした。
 けれども。

 「さっきは遠くから眺めるだけだったけど、やっぱ近くで見ると可愛いねぇ」

 薄笑いを貼りつけた猫撫で声に、震えが走る。
 後退さりたい衝動をどうにか堪えると、男が更に近づいて来た。

  「なぁ、ちょっと触らせてくれよぉ」

 垢まみれの手が、タイトミニスカートとニーハイソックスの間から覗く太腿に伸ばされる。

 蹴り飛ばすか、ナイフを向けるか。

 一般人相手にどうすべきか迷っていると、黄ばんだ爪の先が白い柔肌の腿を掠めた。
 その瞬間。

  「うぎゃあ!」

 何の前触れもなく現れた青白い炎に、不審者は吹き飛ばされた。
 壁に叩きつけられて地面に崩れ落ち、そのまま気絶してしまう。
 驚きつつも、一つの確信を持って、フェリチータは炎が飛んで来た方向へ首を回した。

 「……ジョーリィ」

 予想どおり、よく知った長身痩躯の男が、右手を前に突き出す格好で立っていた。
 錬金術で生み出された炎は、黒の革手袋を焦がすこともなく放たれている。
 助けてくれた礼を述べるべきか、それとも観光客を気絶させたことを咎めるか逡巡し、結局非難めいた視線を送ってしまった。

 「クッ……あのまま襲われたかったのか?」
 「そんなわけない!」

 厭味たっぷりの台詞に、反射的に言い返す。
 ペリドットの瞳にぎろりと睨みつけられても、ジョーリィはまったく堪えていないようだ。
 いつもの人を食った笑みを浮かべ、葉巻を燻らせている。

 「助けてくれてありがとう。でも、気絶させたのはやり過ぎだと思う」

 フェリチータが謝礼と注意を両方口にすると、高い位置から剣呑な顔つきで見下された。

  「お嬢様が自衛を怠らなければ、私が手を下す必要はなかったのだがね」

 冷酷な声音で告げられる事実に、小さな赤い頭は俯いてしまう。
 確かに、素早く判断して行動に移していれば、手助けはいらなかった。
 守られてばかりの未熟な自分に嫌気が差す。
 悔しさで両手をぎゅっと握り締めると、刺々しい呟きが耳を撫ぜた。

 「この程度の攻撃でやり過ぎとは……。相変わらずフェルは甘いな」

 呼び方が変わったことに思わず顔を上げると、急に腰を引き寄せられる。
 バランスを崩して彼の腕の中へ倒れ込むと、有無を言わさず唇が落ちてきた。

  「ン、ぅんっ」

 柔らかく重ねるわけでも、戯れのように啄むわけでもない。
 いきなり舌先を押し込まれ、情事の序章を思わせるキスに肌が粟立った。
 ぬるりと絡みついて、口内を這い回る。
 嚥下しきれない唾液が零れ落ち、唇を離すと二人の間に銀糸が伝った。

 「ゃ……あッ」

 腰に回されていた手が下に移動し、太腿の露出部分を撫でられる。
 更にはフェリチータの脚の隙間に置かれていたジョーリィの膝が、角度を変えて秘部を擦り上げ始めた。
 無意識の内に熱っぽい吐息が漏れてしまう。

  「だ、だめ……っ」

 火照り出す身体を自覚し、フェリチータは快感を逃がすように身をくねらせた。
 ここは昼日中の街の路地。
 大通りから逸れてはいるが、いつ誰が通りかかってもおかしくはない。
 屋外で行為に及ぶなど、とてもではないができそうもなかった。

 「見ず知らずの男には触らせるくせに、私が触れるのは嫌と?」

 多分に苛立ちを含んだ言葉が、ジョーリィから発せられる。
 拒絶したことを怒っているのかと、サングラス越しの双眸を見つめ返せば、ふいと目を逸らされてしまう。
 その仕種がどこか拗ねているような気がして、フェリチータは瞠目した。
 時や場所を弁えずに情交を求めてきたかと思えば、急に子どものような態度を取る意味がわからない。
 彼の気持ちを理解したくて、【恋人たち】の能力を発動させた。

 見えたのは、怒りよりも陰鬱で強烈な不快感。
 どろどろした黒い殺意が気絶させた男に、そして島民に向けられている。
 不審者はともかく、なぜ街の人たちを嫌うのか。
 理由を知るために、もっと奥深く胸中を覗いた。

 「……え?」

 ジョーリィの心に浮かんでいたのは、先ほどの任務でステージに立ったフェリチータの姿。
 そして、舐め回すように下卑た視線で彼女を眺める見物客たち。
 彼の憎悪は、自分の恋人を好色の目で見られたことに起因しているようだ。
 つまり。

 「やきもち……焼いてるの?」

 街の男性に見られ、不審な余所者の爪の先が掠めただけで、こんなにも激しい悋気を起こすなんて。
 少し前までは実験にしか興味を示さなかった男が、これほどまでに想ってくれている。
 至福に満たされていくような心地で、フェリチータは微笑んだ。

 「……なぜ笑っている?」
 「妬いてくれるのが嬉しくて」

 ジョーリィとつき合い始めてから知り得た喜びに、自然と目を細めてしまう。
 そんな彼女の様子を憮然と観察する恋人だったが、すぐに普段の調子を取り戻したようだった。

 「私を妬かせた自覚があるのなら……覚悟はできているな?」

 フェリチータが、はっと気づいた時には遅かった。
 壁まで追い詰められ、顔の横に両手をつかれて逃げられない。
 いつの間にサングラスを外したのか、直にアメジストの視線で瞳を射貫かれ、呼吸が止まる。
 端整な顔立ちが眼前五インチの位置まで迫り、思わず両目を瞑った。

 (キスされる)

 癖のある黒髪がフェリチータの頬を掠め、アランチャの香りを鼻先が捉えた刹那。

  「何をしている!」

 聞き覚えのある声に瞼を開くと、ジョーリィの背後から聖杯幹部のノヴァが姿を見せた。
 日本刀を構え、歳不相応の迫力を滲ませている。

 「不審者を見かけたとの報告があったから来てみれば……! ここは街中だぞ!」

 どうやらノヴァは、フェリチータとジョーリィが通報された不審者だと思い込んでいるらしい。
 だが、激しい語調で詰られても、青い髪とは対照的な赤面では、今一つ怒られている気がしない。
 最年少幹部の赤い顔の理由が怒鳴っていることだけではないと、フェリチータにもわかったと同時に、自分の頬にも紅が差した。

 「やれやれ、邪魔が入ったな」

 この場で唯一冷静な男が、ゆるく首を振る。
 十代の二人を揶揄するような嘲笑に、ノヴァの怒りは頂点に達した。

  「恥を知れ! ドンナと相談役が人目も憚ることもせず……ファミリーを没落させる気か!!」

 激昂のあまり、ぶるぶると震える小さな体躯。
 フェリチータは恥ずかしさと申し訳なさで身を縮こませたが、ジョーリィはどこ吹く風だ。

 「この程度を見られてアルカナ・ファミリアが没落するとでも?
 ノヴァ、君の判断基準は随分と低次元のようだな」
 「何だと!」
 「私に反論する暇があるなら、そこに転がっている男を連行したらどうだ?」

 顎で指し示された方向を見遣る警備隊長。
 そこでようやく、不審者がフェリチータとジョーリィではないことに気づいたようだった。
 未だ気絶している余所者にぎょっとした表情をしたが、すぐに気を取り直し、てきぱきと部下に指示を出している。
 従兄弟の優秀な働きぶりに感心していると、頭上から声がした。

  「フェル、行くぞ」

 フェリチータの目の前に、手袋を嵌めた手が差し出される。
 不機嫌そうな声音に一瞬怯むも、力強く握り返すと、ジョーリィの纏う空気がふっと和らいだ。
 恋人を見上げると柔らかな笑顔を向けられ、再び頬が朱に染まる。
 それでも繋いだ手は離さず、しっかりと指を絡め合った。



◇◇◇



 館に戻り、書類と格闘してだいぶ時間が経った頃、ノックと共にルカが執務室に入ってきた。

 「お嬢様、マンマがお呼びですよ」
 「マンマが?」
 「ええ、晩餐会で着るドレスの用意ができたそうです」

 従者の嬉しそうな表情に、フェリチータも目を輝かせる。
 今夜は館の庭でファミリー総出の晩餐会が予定されており、納涼会も兼ねたイベントをずっと楽しみにしていたのだ。
 伝言を持って来てくれたお礼をルカに述べ、急ぎ足でスミレの部屋へ向かった。
 期待で高鳴る胸を抑え切れずに扉を叩くと、優しい声が入室を許可する。

  「待っていたわ、フェリチータ」

 微笑むスミレの手が掲げるのは、ヴィオラの花柄が綺麗に映えた濃紺の反物。
 傍のテーブルにも美しい織物があり、エキゾチックな雰囲気に思わず目を瞠った。

 「素敵でしょう? これは浴衣という、ジャッポネの夏用の着物なの」
 「ユカタ……」

 初めて聞く単語を確かめるように、フェリチータはゆっくりと発音する。

 「晩餐会であなたに着てほしくて。着付けてあげるから、こっちにいらっしゃい」

 呼ばれるまでもなく、まるで吸い寄せられるかのように手を伸ばした。
 木綿の生地は肌触りが滑らかで、撫でる指が心地良い。
 藍染の色彩が見た目にも涼しげで、通気性や吸湿性にも優れているようだ。

 「楽にしてね」

 穏やかな気分で、肩幅より少し狭いぐらいに足を開いて立つ。
 手際よく着付けていくジャッポネの占い師の姿は凛としていて、娘のフェリチータから見ても惚れ惚れするほどだ。
 腰紐、コーリンベルト、伊達締めと、苦しくない絶妙な力加減で順番に締められていく。
 最後に、ふわふわとした無地の帯を緩みなく結ばれた。

 「兵児帯だからリボン結びにすると可愛いわね」

 心から楽しそうな様子で浴衣を着せてくれるスミレと一緒に、フェリチータも笑みが溢れる。

 「長さを整えて……はい、完成」

 慣れない下駄で転ばないよう、気をつけながら姿見の前に歩み出た。
 鏡に映る自分の浴衣姿に、思わず声が漏れる。

  「わぁ……!」

 紺色の布地に、大好きなヴィオラの花が咲く。
 下駄の鼻緒と帯の色が統一されており、すっきりとした色合いで纏められていた。

 「よく似合っているわ」
 「ありがとう、マンマ」

 手放しで褒められて少々気恥ずかしいが、嬉しいことに変わりはない。
 ツインテールも鮮やかなリボンで結い直されただけで、いつもと違った印象を持てるから不思議だ。

 「さあ、行きましょうか」

 優美に微笑むスミレに頷き返し、母娘は揃って晩餐会の会場へ向かった。



◇◇◇



 庭には、フェリチータの石像がある噴水を中心にテーブルがいくつも設置され、既にたくさんの料理が並んでいる。
 立食形式ではあるがベンチも準備されていて、休憩や談笑もできるように配慮されていた。

 「おっじょー!」

 元気溌溂とした声に振り返ると、リベルタがこちらに駆けて来る。
 走っているのにも拘わらず、両手に持ったグラスの中身が一滴も零れないのは、彼なりに速度を加減しているからだろう。

 「お嬢、キレーだな!」
 「ありがとう」

 明るい笑顔で正面から賛辞を贈られれば、どうしても照れてしまう。
 目許を赤くしたフェリチータに、アクセサリーをつけた手がグラスを差し出した。

 「もうすぐ乾杯だって! これ、お嬢のな」

 渡されたガラス製の容器には、アルコールの代わりに果汁が注がれている。
 ゆらゆらと揺れる液体を何とはなしに眺めていると、噴水の近くから大きな声が上がった。

 「レガーロ島とアルカナ・ファミリアに幸あれ、サルーテ!」
 「サルーテ!!」

 ファミリーのパーパであるモンドが音頭を取れば、構成員たちは一斉に乾杯の唱和をする。
 カランッとグラス同士がぶつかり合う、喧しくも澄んだ音が庭中にこだました。
 フェリチータもリベルタと乾杯し合う。
 楽しい気持ちでジュースを呷ると、二人の周りに大アルカナたちが集い出した。

 「随分と色っぽい格好してるじゃねェか、バンビーナ」
 「お嬢、すっごい綺麗だよ!」
 「とてもお似合いです、お嬢様!」

 デビト、パーチェ、ルカが賑やかに右側からやって来たかと思えば。

 「お前が着ているのはジャッポネのユカタか?」
 「美人だな、お嬢さん!」

 後ろからノヴァとダンテが揃って歩いて来る。
 自然と集合した彼らを見て、フェリチータはアルカナ・デュエロが発表された日の夜を思い出した。
 モンドの驚くべき宣言に一人落ち込んでいたら、誰が言い出したわけでもなく、当然のように励ましてくれた仲間たち。
 みんなの期待に応えるため、そして自分の進みたい道のために精神力を鍛えた二ヵ月間で、様々な出来事があった。
 刺激的な毎日の中でも、特に衝撃が大きかったことはと訊かれれば。
 四月一日の夜とは異なる点、今この場にいない唯一の存在を探して、フェリチータは辺りを見回した。

 きょろきょろせずとも、つい目が行ってしまう。
 咥え煙草のジョーリィは宴会から離れ、館の壁に寄りかかっていた。
 きっと実験のことで頭がいっぱいで、晩餐会には微塵も興味がないのだろう。
 周囲から怖れられる相談役に、食事を薦める者もまずいない。
 そんな男と恋人になるとは、四月一日の時点ではまったく予想していなかった。
 フェリチータだけではなく、ジョーリィも同様に違いない。

 モンドの命令ではなく、自分の意思で選んだ結婚相手をじっと見つめる。
 とっくに陽が落ちている時間帯なのに、相変わらずサングラスをかけたままなので、表情が少しも読めない。
 それが寂しくて、心の中でそっと名前を呼ぶ。

 (……ジョーリィ)

 その瞬間、彼がこちらを向いた。
 まるで呼びかけが届いたようなタイミングの良さに驚き、身体が固まる。
 視線が絡まり――紫の瞳が笑んだ。

 「お嬢? 顔赤いぞ?」

 リベルタの声で我に帰り、離れた場所にいる恋人から周囲の男性陣へと意識を戻す。
 仲間たちが訝しがっている中、デビトだけが不愉快そうに舌打ちをした。

 「バンビーナ、オレがいるのにジジィなんか見つめるなよなァ」
 「お嬢、ジョーリィ見てたの?」

 食べ物で満杯の頬を膨らませ、パーチェが忙しなく首と口を動かしてジョーリィを捜す。
 ダンテも釣られて、協調性に欠ける相談役へ目を向けた。

  「あいつ、あんな所に……。お嬢さんを放っておいて何をしているんだ」
  「いいの、ダンテ」

 呼びに行こうと、足を動かしかけた幹部長を止める。
 こちらに招いたとしても、喧騒を嫌う彼のことだ。
 きっと来ないだろう。

 「お嬢様、今はジョーリィのことよりも晩餐会を楽しみましょう?」

 空気を変えるように、ルカが明るく促す。
 ノヴァも同意のようで、大きく頷いていた。

 「せっかく綺麗なユカタを着ているんだ。暗い顔をするものじゃない」
 「チビちゃんのくせにイイこと言うじゃねェか」
 「誰がチビだ!」

 再び騒々しくなった彼らの笑顔が嬉しくて、フェリチータも声を上げて笑ってしまう。
 それでもなぜか、胸中で燻る寂寥感は消えない。

 その後も美味しい料理を食べ、たくさんの人と話し、いっぱい笑った。
 なのに、やっぱり完璧に満たされた心地がしない。
 欲張りかとも思ったが、どうしても足りないものがある。
 一つしか考えられない原因の許へ、自然とフェリチータの足は進められていた。





  「わざわざ私の許へ来るとは……何か用かな、お嬢様?」

 先ほど見かけた時よりも遠い壁際に、ジョーリィはいた。
 緑豊かな庭の中でも特に木が生い茂っている場所で、流石のフェリチータも彼を見つけるのに若干時間を要したほど、晩餐会の中心からは離れている。

 「ドンナがこんな所にいていいのか?」

 おもむろにサングラスを外しながら投げかける問いは、いかにも皮肉めいていて。
 二人きりにも拘わらず恋人扱いしてくれないことに不満を感じ、フェリチータは口を尖らせた。

 「私はみんなに挨拶したよ。相談役こそ何もしてないと思うけど」
 「みんな、ねぇ」

 後半の言葉は無視され、不穏な呟きに悪寒が走る。
 紫紺の眼に危険な光が宿った気がしたが、金縛りにでもあったかのように、どうしても動けない。

 「俺への挨拶は済んでいないようだが?」

 唐突に腕を掴まれ、彼の方へ力任せに引っ張られた。
 為す術もなく体重を預ければ楽々と受け止められ、キスされる。

 「ふっ……ぁ」
 「綺麗な姿だと褒めてやりたいが……他の男を優先させたお仕置きだ」

 唇を割って忍び込んできた舌に口腔を貪られた。
 緊張で硬直する身体の立ち位置をぐるりと変えられ、フェリチータの背中が壁に当たる。
 尚も執拗に交わされる口づけで酸欠状態になり、胸板を両手で叩いた。

 「やめ……て……ェ」
 「却下」

 きつく抱き締められて身体がぴったりと密着すれば、布越しに熱い塊を押しつけられる。
 膨張した熱を意識すると、自らの下腹部にも滴るものを感じた。
 羞恥で赤くした顔を隠すように横へ反らせば、白い首筋が晒される。
 ジョーリィがそれを見逃すはずもなく、強く吸いついて所有の印を残した。

 「ん……っあァ……」

 今度は耳朶を喰まれる。
 たったそれだけのことなのに、刺激がダイレクトに脳へ伝わるような感覚で鳥肌が立った。

 「今日は随分と敏感だな。クッ……外だから興奮しているのか?」

 彼の言うとおり、いつもより感じやすくなっているようだ。
 喉の奥でくつくつ笑う恋人に何も言い返せず、フェリチータは黙り込んだ。
 反論の言葉が出ないのをいいことに、ジョーリィの動きに遠慮がなくなる。
 歯を使って手袋を外された素手が、浴衣の合わせから滑り込んできた。
 内腿を淫靡な手つきで撫で上げられ、耳の中でクチュクチュと舌が泳ぎ回っている。

 「ひゃッ……あ!」

 太腿から中心へと移動した手に反応し、ビクンと跳ねる華奢な身体。
 中指で下着の上から溝をなぞれば、ぐっしょりと湿った感触に、ジョーリィが満足そうな表情を浮かべた。

 「もうこんなに濡らしているとは……いやらしいお嬢様だ」
 「外は……や、あ……っ」
 「やだ? どの口で言っている」

 意地の悪い台詞に、フェリチータは鋭い視線で抵抗を示す。
 だが、一層強く擦り上げられた拍子に大きな嬌声を上げてしまい、きつく睨む目も意味を為さなかった。
 それどころか、翡翠に浮かぶ涙が酷く扇情的で、ジョーリィの欲情を余計に煽る結果となってしまう。
 シュルッと下着の紐を解かれ、最も感じやすい花芽を人差し指で押し潰された。

 「はぅう……ァ」

 細く長い指が丁寧に入口を解していくにつれ、身体も思考も快感で蕩けてしまう。
 全身の細胞が砂糖菓子になってしまったみたいに、頭の天辺から爪先まで、甘ったるく溶けていきそうだった。
 溢れる蜜を掻き出すように指を差し込まれ、内壁を擦られる。
 鋭敏な花芽に与えられる刺激と体内で感じる蠢きに、堪らず達しそうになるのだが。

 「駄目だ」

 手指の動きが止まり、あと一歩という所で絶頂へ辿り着けない。
 愛撫は再開されるのだが、本当に触ってほしい部分は故意に外されている。

 「なん……で……ッ」
 「お仕置きだと言っただろう?」

 酷薄な声音で、残酷に告げられた。
 奥まで一気に呑み込まれた指をぎゅうっと締めつければ、ジョーリィが愉快げに口端を吊り上げる。

 「好ましい、正直な身体だ」
 「も、ヤ……ぁぁ」

 昇り詰める度に焦らされ、無理に衝動を抑え込まれるせいで苦しくて堪らない。
 身を捩れば捩るほど浴衣は着崩れていくが、最早格好など気にしていられなかった。
 確かなもので貫かれたいという欲求ばかりが、頭の中で渦巻いている。

 「ジョーリィ……!」
 「クックックッ……どうした?」

 わかっているくせに、わざとらしく尋ねてくるのに腹が立つ。
 高まった性感は限界を超えているのに、熱を解放させてもらえないのはまさに拷問だった。

 「辛そうだな」
 「ッ……誰のせいで……」

 こんな身体になったのか。
 そう言いかけて、自分の失言に気づいた。
 悪い顔をする恋人に嫌な予感がする。

 「誰のせいだ?」
 「う……あ、ぅぅ」
 「言えないのか?」

 首筋を伝う汗ごとべろりと舐められ、背筋に痙攣が走った。
 体内の血液が沸騰しそうな熱さに、これ以上我慢できそうもない。
 そんなフェリチータの様子を見透かしたように、ジョーリィが嗜虐的に嗤った。

 「どうしてほしいか、おねだりしないとこのままだぞ?」
 「ひ、ひどい……!」

 恨みを込めて見上げるだけで、息が絶え絶えになってしまう状態なのに。
 焦らされたまま放置されたら絶対におかしくなる。

 「言え、フェル」

 再び促され、歯噛みした。
 羞恥と悔しさを堪え、本能の赴くまま口を開く。

 「ジョーリィが……欲しい……っ」

 消え入りそうなか細い声で訴えるのがやっとだ。
 泣き出してしまう寸前、しつこく掻き回されていた中から、ずるりと指が引き抜かれた。
 ビクッと撓る腰を掴まれ、反転させられる。

 「壁に手をつけ」
 「えっ……?」

 わけがわからず、言われるがまま両手を壁につけて身体を支えた。
 浴衣をたくし上げられる感覚で、ようやくジョーリィの次の行動に思い至り、息を呑む。
 
  「こ、こんな恥ずかしい格好で……」
「俺が欲しいんだろう?」

 うろたえるフェリチータに邪悪な笑みが返された。
 口を噤めば、カチャカチャとベルトが外される金属音がやけにうるさい。
 指の代わりに、喪失感でひくつく場所に硬い欲望を宛てがわれる。
 その熱さに戦慄くと、ぐっと先端が入り込んできた。

  「ッ!!」

 圧倒的な質量に、声にならない悲鳴を上げる。
 最奥まで強引に押し込められ、目の前が真っ白になった。

 「や……まっ……」

 悲痛な制止も届かず、ジョーリィは律動を始める。
 いつもはゆっくりとした動きで慣らしてくれるのに、今日の突き上げは初めから激しく、凶暴だった。

 「ん、きゃ……ぁあッ」
 「……ハ……っ」

 フェリチータの腰を支えていた大きな手が移動し、はだけた左胸を鷲掴みにされる。
 つんっと硬くなった飾りを指先で挟まれ、捏ねくり回された。
 反対の手で結合部近くの花芽を弄られれば、甘い痺れが更なる快感を呼び起こしていく。

 「ぅぅ……ン!」

 悩ましい喘ぎ声が目の前の壁に当たって反響し、二人の耳を支配した。
 淫らな水音も交ざり、熱情は止まることなく加速する。
 頭の芯まで快楽に侵され、まともに息を継ぐことすら困難だった。

 「あァん! ひゃ、やぁぁっ!」
 「……大きな声で悦がると気づかれるぞ?」

 前のめりに上半身を倒してきたジョーリィに耳許で囁かれ、全身が大きく震える。
 必死に声を押し殺そうとするが、容赦なく揺さぶられる度に甲高く叫んでしまう自分がはしたない気がして、フェリチータはぽろぽろと涙を零してしまった。

  「フェル……?」

 後ろから覆い被さっていた彼の動きが止まる。
 珍しく心配そうな声に、僅かに残っていた理性も遥か彼方に吹き飛んだ。

 「頭っ……おかしくなっちゃうくらい、気持ちいいの……! ジョーリィが好きで……どうしようもなくて……っ」

 何を口走っているかわからないほど、愛しい気持ちが湧き上がり、溢れる。
 不明瞭な意識であっても、恋人への想いは決して揺るがない。

 「ジョーリィ……大好き……!」
 「……っ!」

 フェリチータの嘘偽りない告白に、ジョーリィの鼓動が飛び跳ねた。
 屹立は一段と熱を帯び、少女の体内を更に押し拡げる。

 「ひぁっ、きゃぁあッ」

 いきなり腰を叩きつけられ、心も身体も全部奪われた。
 内壁を抉るように貫かれれば、ガクガクと膝が震えてしまう。

 「んぅぅ、あァァ!」「は、ぁ……フェル……っ」

 自分を呼ぶ声に余裕のなさを感じ、互いに限界が近いことを知る。
 揉みしだかれる胸は卑猥に形を変え、尖った花芽への鋭い刺激で、蜜壺からとめどなく愛液が湧き出し続けた。
 荒々しい律動でめちゃくちゃに追い上げられると、幸せ以外何も考えられない。

 「ジョーリィ……っ、も、だめぇぇぇ……!!」
 「く……ッ」

 一際深く穿たれた瞬間、フェリチータの身体が大きく跳ね上がる。
 不規則な収縮を繰り返す体内に、ジョーリィの欲望が全て注ぎ込まれた。
 白濁の液体が柔らかな太腿を伝い落ち、ポタポタと垂れていく。

  「ふぁ、ぁぁ……」

 雷に打たれたかのような衝撃で、力が抜けて両足から崩れ落ちた。
 ジョーリィに後ろから抱きかかえられなければ、地面に激突していたかもしれない。
 肩で息をするフェリチータの髪を優しく撫でる、大きな手が心地良い。
 段々と重くなる瞼を重力に任せて閉じようとした時。

 「クッ……外でするのも悪くないだろう?」

 いかにもおかしげな笑い声に、意識が引き戻される。
 今更ながら屋外で行為に及んだことが恥ずかしくなり、顔が真っ赤に染まった。
 探るような紫の瞳から逃れるために、反抗を試みる。

 「そんなのわかんない……っ」
 「ほう、わからないのか? ……ならば」

 にやりと言葉を切ったかと思えば、弛緩しきった身体を軽々と抱き上げられた。
 お姫様抱っこの不安定な体勢で、咄嗟に彼の首に両腕を巻きつける。
 愉悦の滲む顔をしたジョーリィは、小さな恋人を真っ直ぐに見下ろした。

 「ベッドの上で続きをすれば違いがわかるだろう。
 どちらが好きか、ぜひ聞かせてほしいね」

 口調は冗談めいているが、フェリチータを見据える眼差しは肉食獣を思わせるほどに獰猛だ。
 そんな獣じみた表情すら愛しく感じてしまうのだから、心底惚れているのだと自覚せざるを得ない。
 寝室へ向かって歩き出したジョーリィから伝わる温もりに、フェリチータはそっと目を閉じた。





fine.




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