ターゲットは君




 微かな殺気を感じて、ジョーリィは考えるより早く身体が動いた。
 頭を抱え、ベッドから転がり落ちる。
 それと同時に聞こえた小さな悲鳴。
 すぐさま戦闘態勢を取って暗闇に目を凝らすと、先程まで寝ていたベッドの上に小柄な人影が倒れていた。
 そのシルエットが誰だか分かり、身体の緊張を解く。
 パチンと錬金術の炎で部屋を明るくすれば、ジョーリィのよく知る人物が悔しそうに手足をばたばたさせていた。

 「もう少しだったのに」

 「……何をしているのかな、お嬢様?」

 部屋に忍び込んで来たのは愛しい恋人、フェリチータ。
 真夜中もとうに過ぎ、誰もが夢の中にいる時間帯だ。
 ジョーリィの喉元を狙ったであろうナイフはシーツに突き刺さっており、カーテンの隙間から覗く月光を浴びて輝いていた。

 「ジョーリィ、寝起き良すぎ」

 「もう1度訊くが……何をしている?」

 「何って、夜這い」

 無邪気な顔をした彼女は黒いスーツを身に纏い、長い赤毛をツインテールに結い上げている普段通りの服装。
 得物を止める為のベルトも装備されている。
 明らかに男の部屋に来るような格好ではない。

 ――いや、寧ろ正しいのか?

 無意識に長い息をつく。

 「……どうやら、お嬢様は夜這いの意味を履き違えているようだ」

 「それくらい知ってる。
  夜中に寝てる人を襲うことでしょ?」

 眉を顰めるフェリチータ。
 それを見て、ジョーリィは再び大きなため息が出た。
 顔を片手で覆い、若干のめまいをやり過ごす。

 ――間違ってはいないが、意味合いが違う。

 悪気の無いフェリチータを責める事は出来ない。
 だが態々訂正する気も起きず、取り敢えず単純な疑問をぶつける。

 「何故、私の寝込みを襲いに?」

 「デビトが行けって」

 「何?」

 「デビトに言われたの。
  夜中に部屋を訪ねればジョーリィが喜ぶって」

 だから夜這いに来た、と呆気に取られるジョーリィを余所に、フェリチータは不機嫌そうに話した。
 侵入は上手くいったのに、とか何とか呟いている。

 ――デビトの奴、余計なことを……。

 恐らくフェリチータが“夜這い”を正しく理解していない事を見越した上で、唆したのだろう。
 今頃『ザマーミロ』と笑っているに違いない。
 ちらりとフェリチータを見遣ると、警戒心の欠片も無い表情で見つめ返して来る。
 夜遅く男の部屋にいるというのに全く危機感を持っていないようだ。
 ジョーリィは自身が熱を帯び始めたのを感じ、少し慌てた。
 それでも努めて冷静に、何でもないように装う。

 「もう遅い。
  部屋に戻りなさい」

 「分かった。
  今日は夜這いを諦める」

 ……一生諦めて欲しいものだ。

 ジョーリィの心中も知らず、フェリチータはベッドに刺さったナイフを引き抜いて帰る支度をしている。

 「送ろうか?」

 「大丈夫。
  じゃあブォナノッテ」

 また明日、と言い残してフェリチータはヒラリと去っていった。
 残されたジョーリィは再び眠る気には到底なれない。
 火の付いた身体を持て余しながら、ベッドに腰掛けて本を開いた。







 「よぉ、ジョーリィ」

 「……ダンテか」

 次の日、寝不足で食堂に向かっていると後ろから声をかけられた。
 睡眠の足りていない脳にとって大声は騒音にしかならない。
 機嫌の悪いジョーリィから若干距離を取りつつも、ダンテは話し続ける。

 「何だ、疲れた顔してるぞ」

 「……夜這いに遭ったものでな」

 「夜這いだと!
  まさか、お嬢さんが!?」

 軽い雑談の筈が衝撃の事実を聞かされ、幹部長は動転した。
 その様子をおかしそうに眺めるジョーリィ。

 「お嬢様以外に誰がいる。
  まぁ、殺意を漲らせてナイフで喉元狙って来る女性などまずいないだろうな」

 「何だそれは?
  夜這いというか奇襲じゃないか」

 怪訝そうにしているスキンヘッドの男に視線を送ると、メイドたちがこちら向かって来るのが見えた。
 ダンテが朗らかな声を上げる。

 「おはよう、メリエラにドナテラ、イザベラ」

 「幹部長、相談役、おはようございます!」

 女性特有の高い声も、今のジョーリィには煩わしいものでしかない。
 挨拶を無視し、その場を立ち去ろうとしたのだが、

 「あ、行かないで!」
 「待ってください!」
 「お嬢様からお手紙です!」

 メイド・トリアーデから口々に呼び止められる。

 「手紙?お嬢様から?」

 「はい、これです」

 手渡されたのは簡素な白い封筒。
 一体何の用事だろうか、と訝しい心地で封を切って読む。
 見覚えのある文字で書かれていたのは、たった1行の文章と署名のみ。

 『今夜も行くから首を洗って待っていて。 フェリチータ』

 物騒な内容に激しい頭痛を覚えた。

 「指令か?」

 葉巻を吹かすダンテに黙って手紙を渡す。
 ざっと目を通した彼も苦笑を抑えきれないようだ。

 「全くお嬢さんらしいな。
  どうするんだ、ジョーリィ?」

 「そうだな……早急に策を練る必要がある」

 もう何度目か分からないため息が紫煙と共に吐き出された。







 その夜。
 闇と静寂に包まれた館で、動く影がひとつ。
 目的の部屋に忍び込み、ベッドに近付いた。
 毛布の中にターゲットがいるのを確認し、勢い良くナイフを振り下ろす。
 刺さった瞬間、白煙が舞い上がり視界が奪われた。
 同時に部屋の明かりが付く。

 「クックック……。
  惜しかったね、お嬢様」

 「ジョーリィ……!」

 「仕掛けられた罠に気付かず、こうも簡単に引っ掛かるとは。
  お嬢様は純粋すぎる」

 ジョーリィは唖然とするフェリチータからナイフを奪い取り、離れた机に置く。
 ベッドに座り込む彼女の顔を両手で挟み、自分の方に向かせた。

 「予告状を貰いながら、私が何の準備をしないとでも?」

 「放し……っんぅ……!」

 サングラスを外し、恋人の唇を塞ぐ。

 「夜這いに来たのだろう?
  ……なら何をされても文句は言えまい」

 ジョーリィは噛み付くようなキスをして、フェリチータを押し倒した。
 そのまま組み敷いて、衣服を脱がしていく。

 「あっ……いやッ」

 彼女の耳を甘噛みすると、ビクっと跳ねて抵抗する力が弱まった。
 その隙を逃さず、下着も剥ぎ取る。
 胸の先端に舌を這わせれば、感じているような甘い声で啼き出した。

 「夜更けに男の部屋に来るとは感心しないな。
  こうなる事くらい予想出来る筈だが?」

 「ャっ……んぁっ」

 太腿を撫で回せば一層大きく震える。
 中指で割れ目をなぞると、フェリチータは甲高く叫んだ。
 快楽を含んだ嬌声に、ジョーリィは笑みを浮かべる。

 「……もう濡れている。
  本当は期待していたのか?」

 「ちが……うっ……!」

 「ほう……こんなに溢れているのにな」

 クチュ、と指をフェリチータの体内に沈めた。
 絡み付く熱と愛液。
 頬を染めて苦しそうにする彼女の表情が、ジョーリィを堪らなくゾクゾクさせた。

 「あぅ……ぃ、ッ」

 「お嬢様、夜這いの正しい意味を教えて差し上げようか?」

 潤んだ緑の瞳で見上げられ、衝動的に唇を落とす。

 「夜中に襲うとは、強淫を目的としている。
  ……セックスすることだよ、フェル」

 そう耳許で囁くと、ジョーリィは限界の近い自身をフェリチータの中に捻じ込んだ。

 「あぁ……ぅ!」

 「……フェル……っ」

 初めはゆっくりと、段々激しく腰を動かす。
 フェリチータの敏感な箇所を刺激する度に大きく反応してくれるのが嬉しく、何度も突き上げた。
 乱れる呼吸と煽情的な眼差し。
 いつもの彼女からは想像もつかない妖艶な姿に、益々欲情していく。

 「ジョー……リィ……」

 「何だ?」

 「ぁ……きもち、い……ッ」

 「……!」

 無理矢理襲った事に負い目が無い訳ではなかった。
 しかし、フェリチータも素直に愉楽を感じているのが分かると罪悪感など何処かに行ってしまったようだった。

 「……もっ……と」

 「……ん?」

 「もっと……頂戴……っ」

 官能の悦びを求めるフェリチータ。
 少し掠れた喘ぎ声は、ジョーリィを昂らせるには十分だった。

 「……いいだろう」

 「ゃ……あ……!」

 それからジョーリィはフェリチータが気を失うまで抱くのを止められなかった。







 「ジョーリィのバカ!」

 「お嬢様が悪い」

 朝になって目を覚ましたフェリチータは、隣で寝ていたジョーリィを蹴り起こした。
 顔を真っ赤にした恋人の可愛さに見入っていたのも束の間。
 2発目が飛んできたので、ジョーリィは掌で受け止める。

 「何で私が悪いの!?」

 「誘ってきたのはフェルの方だろう?」

 挑発的に笑いかければ、恥ずかしそうに俯く彼女。

 「だって……デビトが……」

 「ああ、たまにはあいつも役に立つな」

 「何それ……?」

 「デビトの助言で、夜這いに来たのだろう?」

 「……っ!」

 「これで君は完全に俺のものだ」

 そう言って口付けると、フェリチータは抵抗することもなく大人しくなった。
 受け入れた舌が口内を蠢く感覚に背筋が震える。
 力の抜けていく身体が、ジョーリィに優しく抱き寄せられた。

 「後悔しても遅いぞ、フェル。
  泣いたって君を手放す気は無い」

 情熱的な言葉と仕草にフェリチータの胸に熱いものがこみ上げる。
 身体を擦り寄せ、恋人にもたれ掛かった。

 「うん……離さないで」

 小さく声を零すと、更に力強く抱き締められる。

 「離すな、か。
  クッ……いい度胸だ」

   茶化すような台詞とは裏腹に、囁く声は蕩けそうに甘かった。
 外では月に代わり太陽が顔を出している。
 部屋に射し込んだ日光は、結ばれた2人を祝福するかのように煌めいていた。



fine.




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