春機発動期




「失敗した……」

自室に戻ったフェリチータは落胆する。

――いつもの巡回だったのに。

アルカナ・デュエロで優勝したのは数日前。
まだ正式にはドンナとなっておらず、実際には剣の幹部としての仕事の方が多い。
今日の任務も街の巡回で、慣れたものだった。
だが平和なはずの日常で事件は起こった。



アルカナ・ファミリアに恨みを持つ外部からの賊がレガーロ島に侵入。
16歳の少女がトップになったという情報を得た彼らは、巡回中のフェリチータに襲いかかる。
だが敵は知らなかった。
その少女がデュエロの優勝者であり――最強のアルカナ能力者であることを。

自分より一回り以上も大きい男たちに怯むことなく、フェリチータは蹴りを繰り出しナイフで応戦する。
剣のスートたちも我らがお嬢を守ろうと必死に戦った。
すぐに賊を拘束出来ると思われたが、幼い女の子が飛び出して来たことにより事態は一変する。
戦闘に巻き込まれそうな子どもを庇ったフェリチータに隙が生じた。

気付いた時には遅く、敵の拳をまともに食らってしまう。
攻撃を受けて宙に吹っ飛ばされ、建物の壁に叩き付けられる。
すぐさま体勢を整え反撃に出たが、痛みで身体中が悲鳴を上げた。
幸いにもコートカードが残党を捕縛しており、怪我人もフェリチータ以外いない。
ジョルジョたちが心配したこともあり、後始末を部下に任せてフェリチータは帰路に就いた。



館に戻る頃にはすっかりくたくただった。
泥とアザだらけのフェリチータを見て絶叫するルカをどうにかやり過ごす。
このまま眠ってしまいたかったが、汚れを落とさなくてはならない。
着替えを持って自室に設置されているバスルームへと向かった。

傷に触れないよう慎重に服を脱ぐと、泥まみれのスーツは所々破けている。
大きくため息をつくが、気を取り直しシャワーで全身の汚れを洗い流した。
丁寧に髪と体を洗い、傷があるところは特別注意する。
浴槽に浸かると、疲労が溜まった身体を暖かいお湯が優しく包み込んだ。
心地いいけれど切り傷が沁みてピリピリと痛い。

「もっと頑張らないと……」

フェリチータは自分に言い聞かせるように呟いた。





髪を乾かして寝室に戻ると人がいた。
その人物はベッドに座り、フェリチータに気付くと口角を上げる。

「お帰り、と言っておこうか?」

「……何でいるの?」

フェリチータは目の前の男――ジョーリィに驚いた。
ドアに目を向けると内鍵はちゃんと掛けられている。

「私、部屋に鍵掛けたはずだけど」

ベッドに近づき尋ねると、ジョーリィはあっさり答えた。

「君が合鍵をくれたのではなかったか?」

なに当たり前のことを、と不審そうな表情をされる。

――そうだった。
   デュエロ後ジョーリィと恋人になった時、部屋の合鍵を交換したっけ。

フェリチータは錬金部屋の鍵を受け取っていた。
思い返して嬉しさが沸き上がるのと共に自分の顔が赤くなるのを感じる。

「鍵があるからって勝手に入って来ないで!」

恥ずかしいのを悟られたくなくて口を尖らせ抗議するのだが、ジョーリィは愉快げに軽口を叩いた。

「ほう……。
 恋人にそんなことを言うなんて冷たいねぇ」

「親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ」

フェリチータは相手を軽く睨む。

「次に許可無く部屋に入ったら許さない」

「やれやれ、手厳しいな」

ジョーリィは仕方なくといった様子で返事をした。
約束だよ、とフェリチータは子どもみたいな男の隣に座り顔を覗き込む。

「約束と言うのなら……」

不意に右腕を軽く掴まれ、目の高さまで持ち上げられた。
怪訝に思い、自分でも腕を見てみる。
そこでやっと気が付いた。

捲り上げたシャツから剥き出しの細い腕にはあちこちアザがあり、紫に腫れているものもある。
慌ててジョーリィの手を振り解いたが、時既に遅し。
少し怒ったような雰囲気でフェリチータに向き直っていた。

「この傷はどうした」

「えっと……」

「戦闘が予測される仕事の際は事前報告をするように言ったはずだが?」

ジョーリィはからかうように笑っていたが、目は真剣だ。
サングラスが外された瞳に吸い込まれそうな錯覚に見舞われたが、ぐっと堪えて何とか答える。

「そうじゃない……」

「では、何故傷がある。
 まさか転んで付けたものではないだろう?」

相談役の追求は止まらない。
フェリチータはどう言おうか迷った。
本当のことを言えば、いつもの巡回で失敗したことがバレて呆れられるだろう。
ただでさえ駆け出しのドンナとして、組織のナンバー2に大きく頼っているのだ。
これ以上足を引っ張る要因を作りたくない。
心配をかけないよう、誤魔化すことにした。

「……何でもない」

「犯されたいのか?」

フェリチータの言い訳はとんでもない一言で遮られる。
悪戯っぽい笑みを浮かべるジョーリィ。
だが爆弾発言を取り消すことはしなかった。
驚くフェリチータに、当然のようにキスが落とされる。
そのまま後ろに押し倒された。

「俺に隠し事とは感心しないな……。
 どうやらお仕置きが必要のようだ」

顔のすぐ横に両腕を着かれ、逃げられない。
覆い被さるように再び唇を重ねられ、舌先で口を無理矢理こじ開けられた。
僅かに開いた隙間から何かが押し込まれる。
抵抗する間もなく、口内に入れられた物体を飲み込んでしまった。

「何……っ!」

「媚薬だよ。催淫効果のある特製カクテルをカプセルに閉じ込めたものだ。
 即効性が高く、持続時間も長い」

いつもと変わらない、人を食ったような態度で告げられる。
だが低い声は色欲を含み、蕩けそうに甘かった。
媚薬を与えられた身体は持ち主の意思とは関係なく、段々と力が抜けて火照っていく。
ジョーリィはフェリチータのシャツのボタンを全開にして上半身を肌蹴させた。
片腕を背中に回されホックが外されれば、硬くなった先端が外気に晒される。

「もう効果が現れたか」

意地悪く笑われ、フェリチータの頬は赤く染まった。
ジョーリィが首筋に吸い付くと、怖気付いた身体がビクッと反応する。

「……んっ……あ」

フェリチータの両手が無意識に青いシャツを握った。
何度も位置をずらして降らされる唇はいくつも痕を残す。

「はぅ……ジョーリィ……」

甘美な声で名前を呼ばれたジョーリィは、眼前の少女をめちゃくちゃにしたい衝動に駆られる。
どうにか踏み止まり、唇を肩へと移動させた。
鎖骨を舐め、更に下へ移り、大きくて形の良い胸に舌を這わしていく。

「ん……、あぁ……!」

左の突起を甘噛みすると、一段と高い声でフェリチータは啼いた。

「感じるのか?」

ニヤッと笑い、舌と歯で同じ箇所を執拗に攻める。
左手でもう片方の乳房をゆっくりと揉みほぐし、右手は細い身体のラインをなぞるように太腿まで降ろした。
ミニスカートの中に滑り込ませ柔らかく内腿を撫でると、フェリチータの腰が跳ね上がる。

「悪くないな」

「……ぃや」

耳許で囁けば、可愛い恋人は羞恥から目を瞑ってしまった。
その姿が愛らしく、ジョーリィは自身が張り詰めていくのを感じる。

「本当に嫌ならば抵抗すればいい」

細い中指が下着の上から秘部を擦った。
予想よりもずっと湿った感触がジョーリィの欲情を益々扇動する。

「どうやら身体の方が正直なようだ」

「きゃっ……あぅっ」

ショーツの隙間から指を入れ、今度は秘部に直接触れた。
最も感じやすい性感帯を正確に弄べば、フェリチータが一際大きく喘ぐ。
絞れば愛液が滴りそうな下着を器用に脱がすと、脚が閉じられてしまった。
グイッと押し開き、脚の間に顔を埋める。
指で愛撫した場所に舌を挿入し、襞を1枚1枚丁寧に舐めていった。
とめどなく溢れる愛液を、わざと卑猥な音を立てながら飲み込む。

「だめぇ……ぁ」

フェリチータの嬌声と淫らな水音が部屋を満たす。
ジョーリィの欲が一気に爆発しそうになった。
ぎりぎりの理性で何とか抑え、舌を抜く。
両瞼をきつく閉じて顔を背けた彼女の姿がひどく艶かしい。
その嬌容を満足そうに見下ろし、人の悪い笑みで試すように問いかけた。

「ならここでやめるか?」

「……ぇ?」

「嫌なんだろう?」

フェリチータは悔しさで睨んだが、その双眸は潤んでおりジョーリィの心身をより煽るだけだった。
錬金術師は分かっているのだ。
媚薬の効果で、既にフェリチータも色情を止められないことを。

「欲しいものがあるなら、おねだりするといい。
 それが物であっても、行為であってもね」

焦らすようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……意地悪っ」

「ちゃんと口で言わないのなら、このままだ」

ジョーリィは指や舌、歯までも使って彼女の性感帯を再び攻め始めた。
尖らせた舌先でそよぐように幾度も転がされ合間に歯を立てられて、フェリチータは息を継ぐ余裕さえも奪われる。

――気持ちいいけど、物足りない。

下腹部はより強い刺激を求めて疼き出していた。

「ジョーリィ……ぃ」

我慢出来ずに意地悪な男を見上げ、強請る。
扇情的な眼差しに、ジョーリィもなけなしの理性を総動員しなくてはならなかった。
紅潮した小さな耳に顔を寄せ、命令する。

「言え」

「……ジョーリィのが……欲しい……っ」

フェリチータは涙目で淫らな欲求を口にした。

「……いい子だ」

ジョーリィは微笑むと勢いよく自身を押し入れる。

「あうぅ……んっ」

「……っフェル」

甘く濡れた喘ぎが耳に届き、更に自身を膨張させた。
奥に進めば進む程締め付けてきて、戻されそうになる。
腰を激しく叩きつけ、最奥を貫いた。
フェリチータがビクンッと跳ね、豊満な乳房も激しく揺れる。
ずれないように、折れそうなくらい細い腰を両手で押さえた。

「っぁん……は」

仰け反る華奢な身体。
ギシッギシッ、とベッドはリズムよく軋む。
フェリチータの頬は赤みを帯び、白い肌を惜しげもなく晒して身悶えた。
より深く繋がるため、激しい上下運動を繰り返す。
呼吸に合わせて強く締め上げられ、危うく果てそうになった。
息を詰めて必死に耐える。
自分自身に呆れながらも、ジョーリィはフェリチータの中で暴れることを止めなかった。
ぎりぎりまで引き抜き、勢いよく突き上げ、奥を抉る。

「きゃぁっん……っ」

濡れた声が淫猥に響くと、2人の限界はすぐそこまで来た。

「は……ぁ、……フェル……!」

一呼吸つき、より深く自身を埋め込む。
その瞬間、抑えていたものが駆け上りフェリチータの中に熱く吐き出された。

「ひゃあぁッ」

今までとは比べものにならない程、身体が大きく跳躍する。
繋がれた秘部から白濁の液体が溢れ出し、シーツを汚した。
崩れ堕ちる前、フェリチータは愛しい声が自分の名前を呼んだ気がした。





***





「本当は何があった?」

「ぇ?」

ジョーリィの腕の中でうとうとしていたフェリチータは、突然の質問にきょとんとした。
優しげな瞳で見つめられると余計に眠さが増してきたが、素直に寝かしてはくれなさそうだ。

「何故そんなに傷跡がある?」

「……ジョーリィのせいもあるんだけど」

フェリチータは寝返りを打ってそっぽを向いた。
口を開けばうっかり言ってしまいそうになるから。
喋りたくないという意思を背中で表す。

「クックッ……」

ジョーリィは薄く笑った。
しかし背を向けているフェリチータには彼の表情が見えない。
不安で心臓が高鳴る。

「まだ誤魔化そうとするのであれば……」

ジョーリィのいつもの声音が耳を撫ぜた。
だが不自然な間が続く。
気になったフェリチータが振り返った途端。

「んぅっ」

唇を塞がれて葉巻の味と香りが口いっぱいに広がる。
柔らかいものが離れると至近距離で瞳を覗き込まれた。
ジョーリィの口許が歪み、目が細められる。

「もう1回犯してやろうか?」

「!?」

これ以上は冗談抜きに身体がもたない。
慌てるフェリチータを安心させるように、ジョーリィの手が髪を梳く。
その仕種に愛されていることを実感し、抵抗する気を奪われた。

「……フェル」

甘ったるく乞う声に強制力はない。
けれどもひどく心を揺さぶられ、観念したフェリチータは洗いざらい話した。





「成程」

白状し終わると、ジョーリィはそれだけ言った。

「怒らない?」

予想と違う態度に、おずおずと問いかける。
そんなフェリチータを見て、ジョーリィは紫煙を吹かした。

「誰にだ?」

言われてみれば。
怒りの矛先を向ける相手を探しても、フェリチータ自身よくわからない。
必死に回転させる頭をジョーリィがポン、と軽く叩いた。

「正義の味方もいいが、あまり無茶をするな。
 君が怪我ばかりしていたら、心配のあまり私の方がおかしくなりそうだ」

ジョーリィは苦笑いを浮かべたが、すぐに険しい顔付きになる。

「だが賊には腹が立つ。
 私がその場にいれば、死んだほうがマシだと思うような目に合わせてやったのだが」

物騒な台詞にフェリチータは少したじろぎながらジョーリィを見上げた。
ジョーリィは優しく微笑み、独り言のように小さく呟く。

「しかし一番許せないのは私自身だ。
 君を守れないとは、私はまだ無力なままらしい」

その声にあまりにも苦悩が滲んでいたので、フェリチータは驚いた。
それと同時に大切に思われていることを感じ、嬉しくもなる。

「私は大丈夫」

――足手纏いではなく、一緒にいることで安心できる存在になりたい。

フェリチータは弾けるような笑顔を浮かべた。
これ以上心配や負担をかけないように。

「私はもっと強くなって、ジョーリィや家族を守れるようになってみせる」

フェリチータの力強い宣言を聞いてジョーリィは目を丸くする。
片手を自分の頭に伸ばして、くしゃくしゃっと掻き回した。
その様子は少し極まり悪そうで。
何故だろう、と訝しげに思っていると、ジョーリィは困ったような顔をした。

「強くなるのは結構だが……」

柔らかいキスがフェリチータを酔わす。

「ふ……ッぅ」

抑えようとしても、舌を絡み取られると声が漏れてしまう。
歯列をなぞられ、舌先のざらつきを舐め合い、奥まで貪られた。
長い口付けに、やっと酸素を肺に送り込んだフェリチータは肩で息をする。

「男としては守らせて欲しいものだね。
 君に触れ、傷付け、泣かせていいのは私だけだ」

眠気に逆らえず落ちてゆく瞼と意識の合間にジョーリィの言葉が響いた。

「君は俺のものだ、フェル」


fine.




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