純度100%
ヴァニーリャ、ミェーレ、カラメッラ……。
漂う甘い香りと春の陽気で、うきうきと色めき立つ心がチョコラータのように溶けていく。
淡い桜色のような空間の厨房で、フェリチータはレシピ本とにらめっこをしていた。
顔つきこそ険しいものの、好きな人のために誕生日ケーキを作ろうとする姿は正しく恋する女の子そのもので。
アルカナ・ファミリアの次期トップという重い肩書きを持っているとしても、年頃の少女には違いないのだ。
調理台の上には、コックのマーサに許可をもらって運び込んだ大量の材料が所狭しと並べられている。
そのまま食べてもいいけれど、愛情を込めたお菓子にすればきっともっと美味しくなるはず。
そう意気込んではみたものの、普段は使わない食材に囲まれると困惑してしまう。
本に書かれた手順の数も、いつものリモーネパイを作る時よりも多くて難しそうだ。
必死にレシピを読み返していると、ファミリーのマドンナ3人組――メイド・トリアーデが賑やかにやって来た。
「あ、お嬢様!」
イザベラが真っ先にフェリチータに気づき、声をかけてくれる。
あとに続くドナテラとメリエラも、ドルチェの材料に興味津々といった様子だ。
「ケーキを作っているんですか?」
「私たちもお手伝いしましょうか?」
「うん、お願いしてもいい?」
ありがたい申し出に素直に頷く。
初めて作るドルチェを自分だけで完成させられるか、正直不安だったのだ。
「ルカがいないなんて珍しいですね」
ドナテラの素朴かつ当然の疑問に、フェリチータは形の良い眉をはっきりとしかめた。
その表情の変化だけでメイドたちは大体の事情を把握し、呆れきった苦笑を浮かべてしまう。
「うるさかったから追い払ったの」
その際に蹴りが出たのは言わずもがなだろう。
いつものことなので、今更従者に同情する者もいない。
イザベラは少し怒ったふうに頬を膨らませ、メリエラはやれやれと肩を竦めた。
「頑張るお嬢様の邪魔をするのは許せません!」
「まぁ、ルカの気持ちがわからないでもないけど」
フェリチータの恋人、ジョーリィは決して万人に好かれるタイプではない。
それどころか島民から非常に怖れられており、相談役という役職にも拘わらず彼に相談事を持ちかける者は皆無に等しい。
有能なメイドたちも例外ではなく、あの得体の知れない男とはできるだけ関わりたくないのが本心だ。
けれども大好きなお嬢様のためならばと、ファミリーの数少ない女性4人は楽しくお菓子作りを開始した。
挑戦するのはトルタ・サケル。
発祥は異国だけど、レガーロでも人気のドルチェのひとつだ。
「お嬢様、お砂糖多すぎませんか?」
「ううん、これでいいの」
メリエラの指摘に、フェリチータは首を横に振る。
用意した砂糖はレシピが示す分量の倍以上で、全部使えばとんでもない甘さになることは確実だ。
だけど――。
「ジョーリィ、甘いの好きだから」
ファミリー内で1、2を争うほどの甘党である恋人の顔を思い浮かべ、ついつい口許が緩んでしまう。
普段はクールな態度を崩さない彼女がはにかんだように笑うのを見て、メイドたちはやんやとはやし立てた。
「お嬢様可愛いー!」
「恋って素敵ですね!」
イザベラとドナテラの言葉にどう返したらいいかわからず、フェリチータはほんのり紅潮した頬を隠すように俯いてしまう。
その仕種がまた可愛いと、わいわい騒ぐメイド3人組。
からかいすぎない程度に惚気話を聞き出そうとしたのだが、メリエラだけが表情を硬くしてしまった。
「メリエラ、どうしたの?」
「いえ……お嬢様、困ったことがあったらいつでも相談してくださいね?」
「えっ?」
予想していなかった言葉に、思わずきょとんとしてしまう。
しかしメリエラの言わんとしたことが理解できなかったのはフェリチータだけのようで、イザベラとドナテラも口々に心配そうな声を上げた。
「変なことされたり怖い目に遭わされたりしたら、必ず言ってください!」
「私たちはお嬢様の味方ですよ!」
「あ、ありがとう……。でも大丈夫だよ」
勢いに気圧されつつも安心してもらえるように笑いかけるが、彼女たちの憂いは拭いきれないようだ。
ジョーリィに関するよからぬ噂について考えれば、当然の反応かもしれない。
仕方ないとはわかっていても、彼が誤解されたままなのは少し寂しい気がした。
(ジョーリィのこと、みんなにも知ってもらいたい)
だがジョーリィ自身が他人と歩み寄ろうとしない現状では、彼を理解してもらうことはかなり難しいだろう。
まず変わるべきなのはジョーリィだ。
(みんなと仲良くしてって、話してみよう)
そう決意して小さくガッツポーズをする。
訝しむメイドたちには何でもないと微笑んで、フェリチータは密かな計画を胸に刻んだ。
◇◇◇
「ジョーリィ、いる?」
完成したケーキとお茶のセットを載せたトレイを持って、錬金部屋の前で彼の名前を呼ぶ。
返事はなかったが中にいる確信があったので、もう1度声をかけてみた。
「両手が塞がってるの。ドアを開けて?」
数拍置いて、扉が内側から開かれた。
顔を見せた部屋の主は相変わらず不機嫌そうだったが、雰囲気に棘は感じられない。
それが嬉しくて、フェリチータは花が綻ぶような笑顔を浮かべた。
「誕生日おめでとう!」
「……あぁ」
祝われる当の本人だというのに、ジョーリィは素っ気ない相槌を返すだけだ。
けれどもケーキには興味があるようで、すんなりと彼女を部屋に招き入れた。
「トルタ・サケルを作ったの。初めてだから不安なんだけど……」
実験器具を倒したりしないよう、慎重にトレイをテーブルに置く。
ナイフでざっくりと大きめに切り分けたケーキを皿に移し、傍の椅子に座る恋人に手渡した。
「おめでとう、ジョーリィ!」
「ありがとう、お嬢様」
今度は素直にお礼を言われた。
含みのない優しい笑みを向けられ、心臓がドキッと跳ね上がる。
頬に朱が注いだのを感じ、お茶の準備に気を取られているふりをして顔を伏せた。
しかし喉許でおかしそうに笑う声が聞こえ、隠しても無駄だと悟ったフェリチータは翡翠の双眸を彼へ向ける。
ジョーリィがフォークでケーキを食べやすい大きさに切って口に運ぶ一連の動きを、無意識に目で追ってしまう。
「どう、美味しい?」
チョコラータ色の塊が口の中へ消えていった瞬間に、つい急き込んで尋ねてしまった。
意地の悪い男はすぐには答えず、味わうように咀嚼している。
フェリチータを焦らすかの如くゆっくりと嚥下し、ようやく笑いを浮かべて口を開いた。
「美味いな」
「良かったぁ」
【恋人たち】の能力を使うまでもない。
本心からの感想だとわかる満足そうな呟きに、ほっと胸を撫で下ろす。
安心して気が緩んだからか、緊張から解放された弱々しい本音を吐露してしまう。
「ルカに手伝ってもらわなかったから、少し不安だったの」
「1人で作ったのか?」
「ううん、メイド・トリアーデと一緒に……」
最後の言葉を言い終わる前に、ジョーリィの纏う空気が剣呑なものへ変わった。
突然の変化にフェリチータは驚き、口を噤んで押し黙る。
目の前の男はおもむろにサングラスを外し、露わになったアメジストで彼女を射貫いた。
冷たい、だけど綺麗な紫の瞳に心までも捕らわれ、【月】の能力を発動された訳でもないのに身じろぎひとつできない。
「恋人の誕生祝いに他人の手を借りるとはね。お嬢様の気持ちはその程度なのか?」
じっと固まるフェリチータに、ジョーリィは冷淡な口調で告げる。
皮肉げに持ち上げられた口の端は怒っているというよりも、どこか不満そうだ。
まるで、フェリチータだけが関わったものが欲しいと思っているかのような仕種に見える。
(私1人で作らなかったことが嫌だったみたい……)
他の人間だったら気づかないであろう、彼の表情の機微が手に取るようにわかったことが嬉しい。
思わず微笑みそうになり、慌てて表情を取り繕った。
笑ってしまえば彼の不興を余計に買ってしまう。
確かに、他人の関与が一切ない、恋人だけが作ったものが欲しいという思考は理解できる。
そこまでの考えが及ばなかったことを申し訳なく感じ、代わりのお詫びをどうしたものかと首を捻るが、良い案は浮かばない。
(ジョーリィに訊いた方がいいかな)
悩んでも思いつかないならば、相手の希望を直接尋ねた方が早いだろう。
フェリチータは意を決し、近くの椅子に腰を下ろして問いかけた。
「何か欲しいものはある? プレゼントは私だけで用意するから、怒らないで?」
「そうだな……。何ものにも染まっていない、君だけのものが欲しい」
「私だけのもの?」
彼の希望の品が抽象的すぎてよくわからない。
自分だけが所有しているものとは何だろうと小さな頭を悩ます恋人を見遣り、ジョーリィが意味深長に笑った。
「そう悩まずとも、目の前にあるだろう?」
「え……?」
「おいで、フェル」
差し伸べられた手を、フェリチータは半ば条件反射のように取った。
彼の方へ引き寄せられ、促されるままに膝に座らせられる。
ぼうっとした心地で見上げると、優しくも色欲を帯びた紫紺の瞳と目が合った。
「――君が、欲しい」
「ぁ……っ」
耳許で甘く低い声に囁かれ、それだけで全身から力が抜けてしまう。
カーブに沿って耳を舐められれば、背筋がぶるぶるとざわめいた。
「誕生日くらい我侭を言っても構わないな?」
「ん、ンぅっ」
誕生日どころかほぼ毎日言ってる――。
そう言い返そうとした口は、いつの間にかあっさりと奪われていた。
唇を舐められ、角度を変えて吸い上げられる。
呼吸のために口を開こうとすれば彼の舌が潜り込んできて、チョコラータの味が口腔に拡がった。
「んゃ……ふっ、ぁぁ」
クチュクチュと舌が触れ合うたびに、頭の中がぼんやりと霞む。
大きな手に黒いネクタイを解かれ、シャツのボタンがコルセットの位置まで外されていくのも、なすがままにされていた。
「クッ……着衣のままも悪くないな」
「なに……っ、きゃ!」
いきなりシャツの中に手を突っ込まれ、ブラのフロントホックをいとも簡単に外される。
支えを失っても張りを保つ白い双丘を掬うように持ち上げられ、ぽろんと外にまろび出された。
やわやわと揉まれたかと思えば不意に先端をキュッと抓まれ、甲高く叫んでしまう。
「ぃやっ……だめぇ、ゃぁ……ッ」
しかし舌っ足らずな抗議の声は無視され、今度は胸の飾りをねっとりと舐め上げられた。
硬く尖るのを催促するようにジョーリィは甘噛みし、チュゥと音を立てて吸いつく。
「いっ、や……ジョーリィ……っ」
「嫌じゃないだろう? ほら――」
歯を使って器用に手袋を外した片手が、するりとフェリチータの下肢へと伸びる。
タイトミニスカートの中へ忍び込んだ素手は内腿をひと撫でし、既に湿り気のある薄い布地の上から中心を強めに擦り上げた。
「ひゃっ、ぁんん!」
「濡れているのが自分でもわかるな? ……まったく、君の身体は本当に素直だよ」
意地悪そうに口角を上げ、ジョーリィは長い指をショーツの隙間から侵入させて蜜壺に沈める。
同時に敏感な花芽を弄ぶように転がせば、彼女は一際淫らな嬌声を零した。
「ぁンっ、は……っ、ああッ」
中に埋めた指を動かせば動かすほど大きく喘ぐ少女の姿は酷く艶かしい。
艷容に乱れる恋人を目の当たりにすれば我慢が効かなくなるのは当然で。
抑えきれない欲望が早く出せと言わんばかりに、大きく膨張して存在を誇示する。
「フェル……」
「ん……あ」
名前を呼ばれ、フェリチータはペリドットの瞳を潤ませた。
体内の指を抜き差しされれば、甘い電撃がビリビリと華奢な身体を走り抜ける。
官能の刺激に呼応するように蜜壺からはたっぷりと愛液が滴り、彼の指を伝い落ちた。
「あっ……!」
慌てて視線を落とすと、跨っているジョーリィのスーツに染みを作ってしまっていた。
恥ずかしさから一気に顔を赤くしたが、同時に目に入った彼の昂ぶりに、耳の先まで沸騰しそうなくらい真っ赤になってしまう。
「……いいな?」
「ぅ……ん」
余裕のなさそうな声音で請われれば、だめとは言えない。
熱情の籠った真剣な表情で見つめられるとどんなことでも許してしまいそうになるのは、相手が大好きな人だからだろう。
フェリチータが微かに頷けば、ジョーリィは脚衣を寛がせて取り出した滾る自身をひくつく秘部に宛てがった。
「あ、あ……んぅっ」
「く…っ、は……」
期待と不安で強張る身体を気遣ってか、慎重に彼が進んでくる。
1番膨らんだ部分を呑み込んでしまえばあとは苦しくなく、じりじりとした動きにもどかしさを感じるくらいだ。
「はぁ……あぁン」
ようやく全てを与えられ、フェリチータは艶のある吐息を漏らした。
ジョーリィの首筋にしがみつき、蠱惑な笑みでキスを強請る。
「ふっ、ぁ……ジョ……リィ……」
「……は、あ……」
柔らかく落とされる口づけとは対照的に、体内に埋められている彼自身は熱くて硬い。
凶暴な切っ先で抉るように突かれれば、瞼の裏に白い火花が散った。
「あぁ! やぁっ、あァんっ!」
腰を掴まれて、淫靡な水音が響くほどに身体を上下に揺さぶられる。
抗えない興奮に背を仰け反らせると、突き出すような状態になってしまった胸をかぷりと喰まれた。
より一層の快感にフェリチータの中は蠕動を起こし、火照る屹立をぎゅぅぅと締めつける。
「ゃあんっ……あぁ、ン……ぅッ」
「くっ、ぅ……フェル……っ」
舌を絡め合い、胸の先端を抓まれ、花芽を捏ねられ、蜜壺を貫かれる。
最早どこで感じているのかわからないほど、全身が性感帯になったみたいに気持ち良い。
愛されている歓びに、胸の内まで快楽を享受しているようだった。
赤い髪を乱して駄々っ子のように首を振れば、ジョーリィが強く抱きしめてくれる。
それが嬉しくて拙いながらも唇に吸いつくと、内部にいる彼の分身がどくんっと脈打って体積を増やした。
「あっ、ああっ、やぁっ……!」
蜜壺を穿つ腰の動きが速まり、高みがすぐそこまで迫ってくる。
目の前がチカチカと点滅し始め、ずんっという最奥に届いた重い衝撃で魂が飛翔したかのような心地を覚えた。
「いっ……や、あぁぁんっ!!」
「……フェリチータ……ッ」
限界を迎えたフェリチータがビクビクと痙攣すると、ジョーリィも熱い欲を中で解放させた。
全てを出し尽くすまで腰を打ちつければ、彼女の内部は絞り取るようにきつく収縮する。
それがまた快感となり、恍惚の波が落ち着くまで2人は抱き合って口づけを繰り返した。
「ジョーリィ……?」
「何だ?」
「き……気持ち、良かった……?」
誕生日のプレゼントとして、ちゃんと悦んでもらえただろうか。
フェリチータは羞恥心を堪えておずおずと尋ねたのだが、恋人の男は無言のままで答えてくれない。
機嫌を損ねてしまったのかと、不安に駆られたのだが。
「ぁっ……!」
1度放ってもまだ衰えを知らない屹立にずくんっと突かれ、思わず声を漏らしてしまった。
困惑の表情を浮かべて見上げれば、ジョーリィは艶色の滲む目を眇めていて――。
「誕生日だからな。もっと、いただこうか」
「まっ、待って……やあぁん……ッ」
悲鳴じみた声を上げても止まってくれず、むしろ煽られたように突き進んでくる。
手加減のない律動から言葉では表せないほどの愛情が感じられ、普段の彼からは想像もつかないくらいに情熱的だ。
フェリチータはふと、メイド・トリアーデと厨房で交わした会話を思い出した。
(ジョーリィのことをみんなにも知ってもらいたいと思ったけど……)
自分だけに見せてくれる姿に、充足感と愛しさが込み上げる。
他の誰も知らない真実に、もう少し浸っていてもいいだろう。
(まだしばらくは私だけの秘密にしよう)
揺さぶられ、今にも弾けそうな理性でそっと独り言ちる。
甘えるように身を擦り寄せれば、ジョーリィは惜しみないキスで応じてくれた。
そうして、年に1度の記念日は熱く長く――いつまでも終わりなく更けていった。
fine.