それはひどく晴れた日で。




「……チッ」

実験が思い通りに進まず、ジョーリィは大きく舌打ちした。
それをきっかけに今までずっと張り詰めていた集中力が途切れる。
ふと錬金部屋の壁に掛けてある時計を見上げると、現在時刻は7時。
しかしジョーリィには朝の7時なのか、それとも夜の7時なのか判断材料がなかった。
締め切った部屋はいつも薄暗く、研究に没頭していると時間の感覚を失う。
以前なら時間など気にも留めないが、今は気がかりがひとつだけあった。

「……フェル」

――運命の恋人。

アルカナ・ファミリアの新米ドンナであり、ジョーリィの恋人でもあるフェリチータ。
パーパの地位を引き継ぎトップとなった彼女は多忙な日々を送っている。
それでも恋人と一緒にいる時間を出来るだけ作ろうと、執務室を抜け出してわざとジョーリィに捜させたりもしていた。
だが日を追うごとにドンナの職務は増していき、最近では仕事以外で顔を合わせることなど滅多にない。
しかもここ数日はジョーリィが実験室に籠りっぱなしだった為、影すら見ることはなかった。

……どれくらい会っていない?

ジョーリィは記憶を辿ろうとするが、全く思い出せない。
そもそも実験を始めたのがいつだったのかさえ覚えていないのだ。
更に言うなら今日が何日かも分からない。

……まぁ、私がいなくともルカあたりがついているから大丈夫だろう。

そう思った瞬間、何かどす黒いものが心の中に渦巻くのを感じた。
自身の心情の変化に疑問を抱きつつも、頭からはフェリチータの顔が消えない。

会いに行くか。

集中力が切れた状態で実験を続けても意味がない。
ずっと座りっぱなしだった椅子から立ち上がり、伸びをする。
身体中の骨が軋む感覚に眉を寄せ、身支度を整えて何十時間ぶりに錬金部屋の外へ出た。
途端に日の光で身を焼かれる。
どうやら朝の7時のようだ。
サングラス越しでも分かる程に照り付ける太陽は、夏の訪れを主張している。
暑さと眩しさに不快感を覚えながら、ジョーリィはフェリチータの部屋へと足を向けた。
歩きながら葉巻を取り出し、火を付けようとする。
だが、その動きは途中で止まった。
数メートル先にフェリチータの姿を確認したジョーリィは、葉巻を咥えようとした口で恋人の名前を……

「フェル……」

「おお!お嬢さん!!」

「お嬢!!」

呼んだのだが、フェリチータの背後から響く馬鹿でかい声にかき消される。
フェリチータもジョーリィには気付かず、呼ばれた方へ振り返った。
柱の陰でフェリチータからはジョーリィが見えなかったのだろう。
分かってはいるのだが、何故かジョーリィは面白くなかった。
先程のどす黒い不審物が大きくなっていくのが感じられる。
壁に寄り掛かり葉巻に火を点けて、ジョーリィは虚空を見上げた。


***


「……そうか。ではルカには俺から伝えておく」

「うん、お願い」

「お嬢も体に気を付けろよ!」

ダンテとリベルタとの立ち話を終えたフェリチータは再び歩き出した。
目指すはジョーリィの錬金部屋。
5日前に部屋に籠ってから、姿を表さない。
食事を摂らず、恐らく睡眠も取っていないであろう恋人を思い、溜息が出た。
最初は、実験の邪魔になると考えて部屋に近付かないようにしていた。
しかし5日間も閉じ籠りでは流石に心配になる。
昨日までは全く会いに来ないことへの怒りの方が大きく、絶対にこちらから会いに行くものかと思っていた。
しかし段々と寂しさが募り、とうとう堪え切れなくなったのだ。

……ジョーリィは私と会わなくても平気なんだ。
  部屋へ行って「邪魔だ」と追い返されたらどうしよう。

暗い思考が頭を過ぎり、俯き加減で廊下を進む。
今からでも引き返そうか、などと考えながら角を曲がった瞬間、腕を思い切り引っ張られた。

「きゃっ!」

叫んだ口が別の口に塞がれる。
怖いと思ったのは一瞬で、すぐに安心感に包まれた。

「ジョーリィ……」

5日ぶりに会う恋人の顔をよく見たくて唇を離そうとする。
だがジョーリィの大きな手はフェリチータの後頭部に添えられ、離してくれない。
それどころか強く押し付けられ、呼吸が困難な程深く口付けられた。

「んぅ……っ……ふぁ」

酸素を求めて口を大きく開けば、更に舌が入り込んで来る。
口内を掻き回され、溢れる唾液が頬を伝い落ちた。
久しぶりの激しいキスに翻弄され、足腰から力が抜けそうになる。

「……フェル」

ようやく解放されたと思ったら、今度は首筋に唇が這う感覚で全身が震えた。
痛いくらいにきつく吸われ、舐め上げられる。

「ぃや……ジョーリィ……」

拒絶の言葉が彼には面白くなかったらしい。
再度の絡みつくようなキスに、フェリチータは思考能力を完璧に奪われた。



フェリチータの抵抗が消えたことを感じ取り、ジョーリィはスカートの裾に手袋を外した手を滑り込ませる。
ゆっくり、しかし確実に快感を得られるような絶妙な力加減で太腿を撫でた。
もう片方の腕で、彼女が倒れないようにしっかりと抱きしめる。
角度を変えて何度も口付けを交わせば、ライトグリーンの大きな瞳が熱を含んでいった。
太腿の内側をなぞっていた手を中心へと移動させる。
一番長い指で薄い布地の上から溝をなぞれば、小さな身体がビクッと跳ねた。

「ッ……ゃ」

怯えた声をかき消すように、口を塞ぐ。
そのまま何回も擦ると、下着が湿り気を帯び始めた。
素直な反応を返す身体が愛おしく、ジョーリィも自身が熱を持っていくのを感じる。
ショーツの間から指を入れ、秘部を直接撫で上げた。

「……濡れているな」

「ひゃ……っ」

フェリチータが驚き逃げようとするが、そんな隙すらも与えないように強く抱きすくめる。
ジョーリィの指は何回も割れ目を行き来し、愛液をたっぷり絡ませた。
そして緩慢な仕草で中に潜り込ませる。
腕の下で強張る華奢な身体。
ぬめりを纏った指はゆっくりとではあるが、確実に奥へと沈んでいった。
彼女の体内は熟れたように熱く、ジョーリィの指を切ない程締め付けてくる。
深く指で侵した場所が緩んだのを見計らって、もう1本増やす。
フェリチータが苦しげに甘い吐息を漏らした。

「平気か?」

「……痛いっ……」

苦痛の表情を浮かべる彼女の負担を減らす為に、ジョーリィは指をゆっくりと動かす。
第一関節まで引き抜き、また根元まで差し込み、徐々にその速度を上げていった。
2本の長い指で中を掻き回す度にフェリチータが無意識に喘ぐ。
十分に解した後、ジョーリィは指を引き抜いた。
もう、我慢の限界だった。

「フェル……」

安心させるように耳許で名前を呼ぶ。
腿の付け根をくすぐるようになぞり、入り口に熱い自身を宛がった。

「あ……っ」

怯えて引き気味になった細い腰を引き寄せ、キスを落とす。
不安そうな双眸は潤んでいて、ジョーリィをより煽るだけだとフェリチータは気付いていない。

「大丈夫だ、力を抜け」

「んっ……」

彼女の恐怖を少しでも取り払おうと、穏やかについばむようなキスを繰り返しながらジョーリィは自身をフェリチータの中に捻じ込んだ。

「……っ……」

「きゃぁ……っあ……!」

指とは比べ物にならないくらいの質量が中に入り、思わずフェリチータは悲鳴を上げる。
ジョーリィは彼女の表情を伺いながらも、ゆっくりと自分を沈めていった。
愛液で充分に濡れているため摩擦は少ないが、フェリチータの締め付けで押し返されそうになる。
ジョーリィは右手を恋人の腰に回し、左手で太腿を持ち上げて動き出した。
壁に押し付けられているフェリチータには、後ろへの逃げ場が無い。

「……フェル……っ」

「んぅっ……あ」

行為自体は初めてではないが、それでも体内に異物が侵入する感覚には慣れなかった。
しかも今は立った状態である。
ジョーリィの方がずっと背は高く、突き上げられる時フェリチータの身体は浮きそうになっていた。

「っジョーリィ……待っ……て」

名前を呼んで懇願しても、ジョーリィは止まってくれない。
フェリチータは気を失わないようにするだけで精一杯だった。



ジョーリィの方も珍しく余裕をなくしていた。
久しく離れていた熱と刺激に襲われ、欲情が止まらない。
このまま彼女を感じていたいという本能と、負担をかけたくないという理性の狭間で揺れる。
だがフェリチータと諜報部の2人が楽しそうに談笑していた先程の光景を思い出し、どす黒い感情が全てを支配した。
思い切り腰を叩き付ければ、苦しそうながらも甘美に濡れた喘ぎ声を発する恋人。
普段からは想像もつかない淫らな姿で、そんな乱れた状態にさせているのが他ならぬ自分だと考えると優越感が生まれる。

……あぁ、そうか。

そこでようやくジョーリィは気付いた。
ずっと心を覆っていたどす黒いものが――嫉妬だということに。
ルカやダンテ、リベルタも含めフェリチータに近づく全ての男が堪らなく煩わしい。
彼女を誰にも渡したくない。
自分の狭量に呆れつつも、フェリチータを求める気持ちは収まらなかった。
奥を抉るように動くと、彼女の乱れた呼吸に合わせて痛いくらい締め付けてくる。

「フェル……!」

「ひゃっ……ぁあ……!」

陽光を浴びて輝くフェリチータの涙を見て、ここが館の廊下で現在朝7時であることを思い出す。
けれども、すぐにどうでもよくなった。
今はただ、大切な恋人を感じていたい。
勢い良く最奥を貫くと、一層きつく締め上げられて快楽が全身を駆け抜ける。

「……っ!」

ジョーリィの喉の奥が小さく唸ると同時に、熱い欲をフェリチータの中に解き放った。

「ふあぁ!!」

フェリチータの身体が大きく跳ねる。
ぐったりとジョーリィに寄り掛かり――意識を手放した。


***


「……ん」

気怠い疲労感を覚え、フェリチータは目を覚ました。
辺りを見回すと、自分の部屋ではないが見知った内装が視界に入る。
ぼんやりした頭を働かせようとするが、身体が重くてまともに動けない。
再び睡魔に飲み込まれそうになる。
このまま寝てしまおうかと、瞼を重力に任せて閉じようとしたら、

「また眠るのか?」

近くから聞き慣れた声がした。
顔を向けると予想よりもずっと傍に――同じベッドの上に恋人がおり、その姿を認識したフェリチータは恥ずかしさから思わずシーツで顔を隠した。

「やれやれ……嫌われてしまったかな」

どこか悲しげな口調に、つい顔を上げてしまう。
上体を起こしたジョーリィは本を開いていたが、視線は真っ直ぐフェリチータに向けられていた。
いつもならサングラスで隠された紫の瞳と目が合う。
フェリチータがじっと相手を見ると、目線を逸らされた。
それが非常に寂しく、ジョーリィに手を伸ばしてみる。
重い腕を緩慢な動きで持ち上げ、服の裾を掴む。
だが触れたのはシャツや手袋の生地ではなく、温かい人肌だった。

「……ぁ」

温もりを求めるかのようにフェリチータの指先がジョーリィの身体をなぞる。
ツーッと脇腹を掠めるくすぐったさと……触れられた箇所が熱を孕んでいくのを感じ、ジョーリィはフェリチータの手を握った。

「フェル……君はもっと自覚した方がいい」

「ぇ?」

訳が分からずきょとんとする恋人に苦笑し、頭に唇を落とす。

「君の無自覚な行動が私を煽るのだと、きちんと理解して欲しいものだ」

今日の行為――悋気を起こして廊下で無理矢理襲ったという罪悪感はあった。
しかし相談役の男は『悋気を起こさせるような行動を取るお嬢様が悪い』と早々に決め付け、自分の行為を正当化している。
それにはフェリチータも怒った。

「ジョーリィだって私といるより実験してる方が好きなくせに!」

「何故そう思う?」

「だって、5日間も実験室に籠りっぱなしで……寂しかった」

最後の言葉を喋ってから、しまったと口を押さえるが意味はなく。
ジョーリィは一瞬驚いた表情をした後、説明しろと目で訴えてくる。
フェリチータは少し躊躇い――観念して話した。

「ずっと会えなくて寂しかったのに、ジョーリィは平気そうだし……。
 それに、寂しいなんて子どもっぽいこと言ったら…嫌われるんじゃないかって怖くて……」

消え入りそうなか細い声で告げる。
その震えた声と小さい身体が愛らしくて、ジョーリィは壊れ物を扱うように優しく、しかし情熱的にフェリチータを抱き寄せた。

「ふ……っ、ぅ」

淡いピンク色の唇に音を立ててキスをする。
嬉しそうに身じろぎする彼女の可愛い姿に、心が満たされていくような満足感を得られた。

「……フェルが子どもっぽいのなら、私なんて子どもそのものだ。
 君が他の男と話しているだけで嫉妬に狂ってしまうのだからね」

「……うん」

子どもっぽいと呆れられなかったことに安堵し、フェリチータはジョーリィに体を擦り寄せる。
親しんだ葉巻の香りが鼻腔をくすぐり、幸せに浸りながら目を瞑った。

「ねぇ……お互い、遠慮は無しにしよう?」

ジョーリィは瞠目したが、瞼を閉じたフェリチータは気付かない。

「気持ちを抑えて苦しくなるなら、我慢しないで欲しい」

私は構わないから、と付け加えるとジョーリィは大きくため息をついた。

「全く……君は自分で何を言ったのか分かっているのか?」

「え?」

目を見張ったフェリチータの顔を、ジョーリィの両手がそっと包み込む。

「俺に我慢するなとは……フェルは本当に怖いもの知らずだな」

「……ジョーリィに嫌われるのが怖い」

本心から言ったのにも関わらず、ジョーリィに笑われた。
ムッとしつつも恋人の笑顔が見られたことへの喜びを感じる。
再び瞳を閉じようとしたら、噛み付くようなキスがフェリチータを襲った。

「んぅ……ぁ」

ジョーリィの舌が口内を蹂躙する。
怯えて引っ込んでいたフェリチータの舌はいともたやすく絡め取られ、吸われた。
嚥下しきれない唾液が口元から零れ落ち、ジョーリィが唇を離すと2人の間に銀糸が伝う。
ジョーリィは伏せられたフェリチータの顎を取り、自分の方へ向かせた。

「あ……っ」

「俺が我慢しなくなったら、こんなことは日常茶飯事になる」

いいのか?と熱い視線に問われ、フェリチータは返事に詰まる。
しかし、

「……いいよ」

恋人の笑顔が見たくて小さく頷いた。
でも、と言葉を続ける。

「仕事に差し支えないようにして。
 今日は休日だからいいけど……」

「休日?」

そういえば、とジョーリィは思い出した。
我らがドンナには大量の仕事があるはず。
姿が見えなくなれば誰かが捜しに来てもおかしくない。

「ジョーリィの様子を見たいから休みを貰ったの。
 ちゃんとダンテに許可は取った」

ルカにはダンテが伝えてくれるって、と話すフェリチータの声に耳を傾けながらジョーリィは今朝の光景を思い返す。

……そういえば、彼女はダンテと話していた。
  途切れ途切れに聞こえた会話からはルカの名前も出ていた気がする。

よく考えればフェリチータが今朝歩いていた廊下は、錬金部屋か隣にあるジョーリィの寝室にしか通じていない。
自分のために彼女が休暇を取ったことが嬉しく、またそれに気付かなかった自分の愚かさに腹が立つ。
ジョーリィがフェリチータに視線を投げかけると、可愛い恋人は不思議そうにこちらを見つめていた。

……俺はフェルには絶対勝てないようだ。

「分かった」

額に口付けを落とし、柔らかく微笑む。

「仕事に差し障りが無い程度に我慢しないことにしよう」

「約束だよ」

「ああ」

今度は頬にキスをする。

「それで……フェル、君は何か俺にして欲しいことはないのか?」

「え……っ?」

「遠慮は無し、だろう?」

お互いな、と付け足すと恥ずかしそうに目を伏せたフェリチータがポツリと言った。

「……実験に没頭してないで、もっと構って欲しい」

「善処しよう」

可愛らしい小さな望みに、ジョーリィは口角を上げる。
今し方約束した通りに我慢せず、どちらからともなく唇を重ねた。




fine.




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