男共の脳内妄想が酷すぎるので、片っ端から蹴り飛ばした。
6月18日。
アルカナ・ファミリアに所属する大多数の者にとって、昨年までは何でもない、平凡な365分の1にすぎなかった。
しかし、今年からは違う。
男所帯の中で微笑む唯一女神、我らがお嬢の誕生日であるこの日を、何もしないで過ごす事など最早不可能だ。
……望むと望まざるに関わらず。
そんな皮肉めいた台詞を得意とする相談役から呼び出されたフェリチータは、訝しげに彼の執務室のドアをノックした。
「入りたまえ」
入室を許可する低い声に従い、扉を開いてデスクの前に立つ。
サングラスと咥え煙草が目を引く男は、いつものように人を食った笑みを浮かべていた。
「モンドからの緊急指令だ。
お嬢様にはこれを飲んでもらおう」
コトン、と置かれたティーセット。
一見すれば何の変哲もないポットとカップなのだが、フェリチータは警戒するように数歩後退さった。
中身は恐らく、いや絶対にジョーリィが錬金術で作り出した飲み物だろう。
彼女は未だ実験成果物を味わっていないが、数多く見てきた被害者の反応から、胡散臭い物である事は簡単に予想がついた。
「何、これ?」
「禁断の狂想曲『カプリッチオ・バージョンテルツォ』。
これを飲んだ者に質問されると、相手は必ず本音で答えてしまうカクテルだ」
効能を説明するジョーリィの口角が、一層愉快げに吊り上がる。
いかにも『企んでいます』と言わんばかりの表情に、フェリチータは益々不信感を募らせた。
「今までは回答者に飲ませる必要があったが、これは質問者が服用するタイプでね。
画期的だろう?」
満足そうな錬金術師とは対照的に、華奢な身体に寒気が走る。
それを悟られまいと、鋭い声音で至極真っ当な疑問を投げかけた。
「パーパからの指令とジョーリィのカクテルって何の関係があるの?」
今は妖しい液体の存在よりも、任務の方が重要だ。
問うように組織のナンバー2を見遣れば、黒い手袋を嵌めた手が1枚の書類を取り出した。
「『我が娘の誕生日を記念して、新しい石像を製造する。大アルカナはポーズについて正直な意見を提出せよ。フェリチータが1番気に入った案を採用する』。
……だそうだ」
呆れきった口調で読み上げられる指令内容に、フェリチータもまた茫然とする。
やや乱暴に指令書を机に放り投げ、ジョーリィは首をゆるく振った。
「全く、君の父親には毎度振り回されるよ。
……任務であるからには従うしかないがね」
やれやれといった様子ではあるが、声には棘が含まれていない。
相変わらずパーパに甘いな、とフェリチータは内心で微笑んだ。
「モンドは態々、正直な、と書いている。
だが、連中が誤魔化しのない意見を述べるとは到底思えない」
そこで、とファミリーで最も信頼のない男が言を継ぐ。
「このカクテルをお嬢様に飲んでいただき、本音を引き出すんだ。
ああ、身体に悪影響はないから安心したまえ」
怯えた翡翠の目に気付き、ジョーリィは最後に付け足した。
これっぽちも不安感は消えなかったが、フェリチータは覚悟を決めてティーセットに手を伸ばす。
モンドの職権乱用甚だしい指令だとしても、仕事は仕事。
全ての任務を遂行する、と組織に入る際に決心したのは自分自身だ。
ポットの中身を注ぐと、爽やかな香りが部屋中に広がった。
「……綺麗」
どんな毒々しい色の飲料かと思えば、目に鮮やかな新緑がカップを満たす。
以前、スミレが飲ませてくれた、緑茶というジャッポネの飲み物を思い出した。
両手で包み込むように持ち上げ、口許まで運ぶ。
熱すぎず温くもない、適温のカクテルを喉に流し込むと、若干の苦味を舌先が感じ取った。
「丁度いいタイミングだな」
液体を飲み干したフェリチータの耳に、ジョーリィの呟きと複数の足音が同時に届く。
カップをデスクに戻して振り返ると、リベルタが勢い良く扉を開け放っているところだった。
「入るぜ……ってお嬢!?」
先客に驚いて見開かれる、エメラルドグリーンの瞳。
一瞬固まってしまった少年の身体を、別の少年が後ろから蹴っ飛ばした。
「いってぇ! 何すんだよ!」
「途中で止まるな。後が入れないだろう」
ノヴァの言葉通り、少年2人の後ろからぞくぞくと男性が入室する。
騒がしくやって来た彼らもまた、ジョーリィに呼び出されたようだ。
「忙しい時に何の用だよ」
「またデートの指令だったらいいなー」
「お嬢様も召集されたのですか!」
「一体どんな任務だ?」
モンドとスミレを除く大アルカナが全員集う。
一部屋に男たちが7人もひしめけば、狭く感じるのは当然で。
面倒事をさっさと片付けてしまおうとばかりに、ジョーリィはフェリチータに向き直った。
「ではお嬢様、質問を。
効果を発揮するのはひとつだけだから、なるべく簡潔にな」
「待ってください、質問って何ですか!?」
ルカが疑惑に満ちた目で、錬金術の師匠を睨む。
だが、思考に耽ってしまったフェリチータに、従者の叫びは聞こえなかった。
――私の石像のポーズについての意見を簡潔に訊くには……。
瞑った瞼を開け、強い視線で一同を見回す。
そして。
「私のどんな姿が見たい?」
悩んだ末の問いかけの言葉。
口にした瞬間に説明不足を自覚したが、後悔しても遅かった。
「オレ、お嬢の水着姿が見たい!」
たちまちカクテルの反応が現れ、真っ先にリベルタが勢い良く挙手をする。
「一緒に泳いだり釣りをしたりするには水着が必要だろ?」
海好きな諜報部員らしい意見に、フェリチータは柔らかく笑った。
だが。
「お嬢のおっぱいを強調するなら、やっぱりビキニだよな!」
あっけらかんと発せられた欲心に、笑顔が引き攣る。
しかし誰も気付かない。
「くだらないな」
冷たく言い放ったのは、聖杯の幹部、ノヴァだ。
青い目を動かし、フェリチータを上から下まで眺めている。
「僕はキモノ姿が見たい。
ラ・プリマヴェーラの時にキモノをアレンジしたドレスを着ただろう?」
ジャッポネに興味を持つ彼の発言を聞いて、やや溜飲が下がった。
ビキニより遥かにマシ、と思ったのも束の間。
「マンマのように綺麗に着こなせず、似合わないだろうけどな」
少女の顔から笑みが消えた。
また誰も気付かない。
「お子様だなァ」
次に口を開いたのは、金貨の幹部であるデビト。
「バンビーナの最大の武器は脚線美だぜ。
ガーターベルトとM字開脚の組み合わせに決まってんだろォ?」
女ったらしの見解に、青筋を立てる。
やはり誰も気付かない。
「えー、そんなのつまんないよ」
棍棒の幹部、パーチェが不満を上げた。
「お嬢は料理上手なんだし、エプロン姿が似合うと思うよ。
で、子豚の耳や鼻を付ければ凄く美味しそう!」
まともかと思われた意見も、続く言葉で台無しになる。
フェリチータは両手をぎゅっと握り締めた。
けれど誰も気付かない。
「黙って聞いていれば、何を考えているんですか貴方たち!」
従者のルカが珍しく声を荒らげる。
ずっと傍にいてくれた彼の尤もな怒りに、安堵したのだが。
「お嬢様にはフリルのドレスを着ていただきたいです。
私がお作りしますので、スリーサイズを測りますね」
当然のように、年頃のフェリチータを採寸しようとする、帽子の男。
どこからともなく取り出された巻尺を叩き落としたくて、両腕がわなわなと震えた。
何故か誰も気付かない。
「お前たち、お嬢さんに無礼だぞ!」
腹の底に響くような、大きな声。
身長が優に6フィートを超える、幹部長のダンテがぎろりと睨みを利かせる。
「女性に対して失礼だと思わんのか!」
彼を知らない者であれば震え上がりそうな巨躯だが、昔馴染であるフェリチータにとっては頼もしい限りだ。
そう信じきっていたにも関わらず。
「女性の魅力は尻だろうが。
ブルマ一択、異論は認めん」
堂々とした物言いに、つい呆気に取られてしまう。
はっと我に帰り、右脚に重心を乗せて左脚を引いた。
とうとう誰も気付かない。
「クックック……」
喉の奥を鳴らす笑い声がジョーリィから漏れる。
そもそもの元凶を作り出した男に、非難めいた眼差しを送った時。
「衣服で身体を隠してしまうなど馬鹿げている」
紫煙と共に吐き出された台詞に耳を疑った。
最悪の考えが頭を過ぎる。
「骨格を観察するには一糸纏わぬ姿が望ましいな」
予感的中。
ジョーリィまでもがカクテルの影響を受けていた。
「さっ……」
フェリチータの口から溢れた音に、ようやく男共は気付く。
けれども、時既に遅し。
「最っっっ低!!!」
細い脚が繰り出す、空気を切り裂く強烈な回し蹴り。
強靭な脚力が生んだ制裁をまともに食らった7人は、
「ぐはぁ!!」
見事に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
「一生口きいてあげない!」
床に崩れ落ちる彼らに向かって、フェリチータは止めを刺す。
立ち去る彼女を引き止める力など、もう誰にも残っていなかった。
この直後、指令を出したモンドも娘に蹴り飛ばされる事となる。
結局、誕生日を祝えたかどうかは――。
fine.