アリスの常識




 もう間もなく日付が変わろうとする頃、フェリチータはジョーリィの部屋にいた。
 それはここ最近特に珍しい光景ではない。
 時にはソファーで並んで本を読み、時にはベッドで戯れる。
 今夜はフェリチータがベッドに腰掛けて、傍らの椅子に座り葉巻を吹かす男に日中の出来事を話していた。

「エルモと本を読んだよ」

 ジョーリィからの返事はないが、無視されているわけではないようだ。
 珍しく彼がリラックスしていることを雰囲気で感じ取り、フェリチータは話し続けた。

「女の子が懐中時計を持った白ウサギを追いかけて穴に落ちるの」
「好奇心旺盛で注意力散漫。まるでお嬢様のようだな」

 からかうように口角を上げるジョーリィに、フェリチータはむっとして軽く睨んだ。
 けれどもそんな威圧が通じる相手ではなく、彼は喉の奥を震わせて笑っている。
 腹が立たないこともないが、それよりも恋人の機嫌が良いことの方が少女にとっては喜ばしいことだった。

「でね、女の子が落ちた先は不思議の国で、いろんなことが起こるんだよ」

 気を取り直し、話を再開する。
 ジョーリィの茶々入れにいちいち応戦していたらきりがない。

「ケーキを食べたら背が伸びたり、ニヤニヤ笑うネコがいたり、帽子屋さんと三月ウサギがお茶会をしていたり」

 話しながら、昼間に読んだ本の内容を思い返す。
 挿絵も多く、女の子のわくわくする冒険譚は少年と一緒に読むにはぴったりの児童書だった。
 そんな世界に自分が放り込まれたら、どうするだろうか。
 本を読み終えた時、エルモとそんなことを語り合った。

「ハートの女王様はすぐに首を刎ねたがるし、女の子の常識が一切通じないの。……でも、思ったんだけど」

 そこで一旦言葉を切り、フェリチータは自分なりの本の感想をゆっくりと口にした。

「不思議の国には不思議の国の常識があって、常識外れなのは女の子の方なんじゃないかなって」
「……君は本当に面白い考え方をする」

 それまで静かに少女の話を聴いていたジョーリィが、呆れ半分驚き半分で呟いた。
 吸い終わった葉巻を処分し、椅子から立ち上がってフェリチータの隣に移動する。

「まぁ、常識なんてものは特定の範囲の中だけの共通認識に過ぎない。範囲を外れれば常識も変わる」
「うん……そうかも」

 常識があるとは言い難いジョーリィが言うと何だか胡散臭く聞こえてしまうが、言っていることは間違ってはいないので、フェリチータは曖昧に頷く。
 ふと漂った沈黙に、二人がほぼ同時に壁に掛かった時計を見上げれば、時刻は零時を五分ほど過ぎていた。

「三月八日になったね」
「そうだな」
「誕生日おめでとう、ジョーリィ」

 日付が変わったこの日はジョーリィの誕生日。
 誰よりも早くお祝いを言いたくて、眠いのを我慢して起きていたのだ。
 屈託のない笑みを浮かべるフェリチータに、ジョーリィは衝動的にキスをした。

「ぁんぅ……ふ」

 重なり合った唇は徐々にずれていき、彼の舌が小さな耳の形をなぞるように這っていく。
 そのまま首筋に伝い落ち、痛みを感じるほど強く吸われたと思ったら赤い痕を残された。

「んっ……なん、で……」
「誕生日に恋人をいただくのは常識だろう?」

 にやりと意地悪そうに笑う男の双眸は、情欲を帯びてギラギラと光っている。
 フェリチータは本能的に身の危険を感じ、必死の抵抗を試みた。

「そんな常識……っ知らない」
「それは君がこの部屋に迷い込んだアリスだからだよ、お嬢様」
「!」

 物語の主人公の名前を彼が知っていたことに驚き、思わず抵抗を止めてしまう。
 ジョーリィはその隙を見逃さず、隣り合って座っていた彼女を押し倒し、ベッドに横たえさせた。
 もう逃れられないと観念したフェリチータだが、それでも最後の悪足掻き、とばかりに軽口を叩く。

「じゃあジョーリィは煙草を吸う青虫?」
「……もっと別なものにしてもらいたいね」

 これ以上何も言わせまいと、ジョーリィは再びフェリチータの唇を塞いだ。
 キスをしたまま器用に少女の寝間着を脱がせ、下着も剥ぎ取る。

「やだ……っ」
「嫌ではないだろう?」

 普段よりも低く官能的な声に、フェリチータの身体がピクリと反応する。
 それを見たジョーリィは満足そうに細い腕に吸い付き、紅い華を散らした。
 両手を豊満な胸に置き、柔らかい感触を愉しみながら揉みしだけば、彼女は甘い嬌声を上げる。

「……あっ……んっ」

 最初は円を描くようにゆっくりと、掌全体で捏ね回す。
 弾力のある双丘はジョーリィの手の動きに合わせて従順に形を変えた。
 慣れてきたら人差し指と中指で胸の突起を摘む。
 クリクリと指先で弄べば、だんだんと硬くなっていった。

「やっ……恥ずかしい……」

 言葉では拒絶しているが、少女の声は明らかに色を含んでいる。
 睨んでもその瞳は涙で潤んでいて、益々男を煽るだけだった。

「可愛いよ、フェル」

 そう言って口づけると同時に舌を入れる。
 歯列をなぞり、舌先のざらつきを舐め、奥まで貪った。

「んっ……はぁ…っ」

 一分近いキスにやっと酸素を肺に送りこみ、フェリチータは肩で息をする。
 その口許をツーと銀色の唾液が伝った。
 頬をピンク色に染め上げ、扇情的な眼差しを送ってくる少女に見上げられれば、ジョーリィの理性は崩壊寸前で。

「ベッドの中では随分と大人しいな」

 何とか誤魔化そうと憎まれ口をきけば、今までぶらりと下がっていたフェリチータの手が広い背中に爪を立てた。

「……うるさい」

 だが上手く力が入らない上に、ジョーリィはまだシャツを着たままなので手が滑る。
 それでもなんとか痛め付けてやろうとすれば、爪を立てていると言うよりは、抱き締めていると言った方が正しい状態になってしまった。

「クックック……お嬢様は積極的だ」

 ジョーリィが挑発するように笑うと、フェリチータは一瞬何のことかわからずキョトンとする。
 けれどもすぐに気づき、慌てて両腕を離そうとしたが、今度はジョーリィが彼女を抱き締めた。

「あっ……待って……!」
「待たない」

 身体をピッタリと引き寄せ、膨張し熱くなった昂りを押し当てる。
 全身の力が抜けてしまったフェリチータの乳房を口に含み、ピンと勃った先端を口内で転がせば、押し止めようとするかのように少女の両手が黒髪に絡まった。
 それを無視して反対の先端も指先で弄れば、華奢な身体がビクッと反る。

「っあ、ん……ぁ」

 堪えきれない喘ぎが彼女の口から漏れていく。
 ジョーリィの左手が白い太ももへと伸びて内股を撫でれば、その感触に鳥肌が立ち、フェリチータは反射的に脚を閉じた。
 だが色欲に支配された男がそれを許すはずもなく、大きな両手が少女の動きを妨げる。
 抗議の声を上げようとした小さな唇は、またもや塞がれた。
 僅かな隙間から舌を入れられ、絡み取られる。
 彼の右手は胸の頂を転がし、左手は内股を優しく擦っている。
 抗えきれない快感に、フェリチータは自分の下腹部に滴るものを感じ始めていた。

「……ふぅ……んん……っ」

 抑えようとしても、呼吸をする度に声が漏れてしまう。
 いっそのこと何か口に詰めようかとも考えたが。

「もっと声を出せ」
「……っ」

 ジョーリィの声に何もかもわからなくなった。

「我慢しなくていい。声を聞かせろ」
「……変っ態……」

 いつもならすぐに口に出る悪態も、彼の体温を直に感じると途切れ途切れになってしまう。
 そんな自分に嫌悪を感じながらも、フェリチータはジョーリィの愛撫に抵抗できずにいた。

「クッ、口の減らないお嬢様だ」

 恋人は意地悪な笑みを浮かべて見下ろしてくる。
 睨み返してやりたいが、紫紺の瞳と視線を合わせるだけで心臓がはち切れそうなほどドキドキしている。
 少女の早鐘のような鼓動を知ってか知らずか、内股を擦っていた彼の左手が中心へと移り、細く長い中指が割れ目をなぞった。

「あっ……んっ!」

 触られた秘部から官能的な刺激がビリビリと全身に伝わる。
 昼間は強烈な蹴りを繰り出す脚が踊り出し、ベッドのシーツを蹴った。

「身体はこんなにも素直だというのに」
「やあっ……あぁ……ッ」

 ジョーリィの指が正確に一番感じやすい花芽を攻めれば、フェリチータは一際大きく喘いだ。
 男がより強い刺激を送ると、少女の内側からは蜜がたっぷりと溢れ出す。
 一旦指を引き抜くと、糸を引いて光っていた。

「……や、っ見ないで……」

 恥ずかしさに目を閉じ、股を合わせようとしたが、彼の両手に阻まれる。
 ジョーリィは彼女の脚をグイッと押し開き、間に身体を滑り込ませた。

「俺の誕生日だ。好きにさせてもらおう」

 そのまま顔を秘部に近づけ、愛液を舌で舐め取った。
 ピチャピチャと水音が響き、淫猥な空気が部屋を満たす。
 柔らかい舌で粘膜を掻き回され、幼さを残す身体はビクビク震えた。

「あぅぅんっ……!」
「悦さそうだな」

 満悦とした笑みを浮かべたジョーリィは舌を秘部から離し自分の中指に絡めると、その指を少女の中にゆっくりと沈めた。
 クチュリと粘着質な音が二人の耳朶を打つ。

「っ……あっ」

 フェリチータは異物が体内に入るのを感じ、痛みにも似た刺激に顔を背けた。
 シーツを両手でギュッと掴めば、彼の指が何度も自分の中に出し入れされる感覚が身体を硬直させる。

「痛いか?」

 優しい声音で問われたが、口を開けば呻いてしまいそうで唇を噛んだ。
 成熟しきっていない身体は、未だに異物を受け入れることに慣れていない。

「……力を抜け」

 言われたとおりにするのは癪だったが、苦痛から逃れるためにどうにかして力を抜こうとする。
 だが指が内部で動くたびに反応して、また身体に力が篭る。
 そんな恋人の嬌容を痛々しく思ったのか、ジョーリィは安心させるように額に繰り返し口づけた。

「大丈夫だ、フェル。落ち着け」

 どう見たって大丈夫な状況じゃない、とフェリチータは言い返したかった。
 しかし大好きな人の低く聞き慣じんだ声に包まれ、自然と快楽に身を委ねるようになっていく。

「いい子だ」

 ふわりと鼻先に葉巻の匂いがかかり、唇にキスされる。
 その暖かさに、眠気にも似た心地良さを感じたのも束の間。

「ッあぁ……ん」

 すぐに離れていき、安心感を与えてくれた舌はたちまちフェリチータを興奮へと誘った。
 舌が秘部の中に突っ込まれ、激しく掻き回される。

「やぁ、ん……あっ」

 フェリチータの腰は跳ね上がり、細い身体が仰け反る。
 ジョーリィはわざと音を立てながら、心ゆくまで甘い蜜を飲み込んだ。
 彼のために開かれ、受け入れる準備万端の恋人を前に、男の熱は更に硬くなっていく。
 もう我慢の限界だった。

「……そろそろいいな?」

 許可を求めながらも、中を拡げるために指を二本ゆっくりと入れていく。

「ぅ……っ、ぁあん」

 羞恥に顔を歪ませながらも、フェリチータは拒絶しない。
 自分に向けられた隠しきれない欲望に、嫌な気はしなかった。
 【恋人たち】の能力を使わなくても、彼が心から想ってくれていることを感じられて、全てを委ねても構わないという思考さえ湧き上がる。

「いいか?」

 ジョーリィは再度尋ね、熱く猛った塊を下着から取り出し、秘部に宛がった。
 『好きにする』と言いながらも無理やり犯すのではなく、こちらを思い遣ってくれる。
 そんな彼の振る舞いに、本当に大事にされているのだ、とフェリチータは嬉しくなった。

「……うん」

 躊躇いがちに頷けば、指とは比べ物にならないくらいの質量が中に入り、思わず少女は呻いた。
 ジョーリィは心配そうに恋人の表情を伺いながらも、ゆっくりと自身を沈めていく。
 愛液で充分に濡れているため摩擦は少ないが、彼女の締め付けで押し返されそうだった。

「……きついな……」

 先端をできるだけ奥に進めようとすれば、フェリチータはくぐもった声を上げる。
 生理的な涙を浮かべた顔はいかにも苦しげで、大切な彼女を傷つけてしまったのかと、ジョーリィにしては珍しく不安に駆られた。

「痛いか?」
「……やめ、ない……で……っ」

 フェリチータは懇願するような瞳でジョーリィを見上げた。
 切なげな甘い声は屹立を更に膨張させ、蜜壺をみっしりと埋め尽くす。

「痛くない、から……続け……て」

 苦しそうな顔に輝く双眸は妖艶だが、彼女らしい強気な性格を滲ませている。
 まったくフェルらしい、とジョーリィは苦笑しつつも、一層愛おしい気持ちが止めどなく込み上がった。

「……堪らないな……」

 しっかりと全て収めると、少女の乱れた呼吸に合わせて痛いくらいに締め付けてくる。
 強張る身体は余計な力が入り、フェリチータはシーツをギュッと握り込んでいた。
 ジョーリィはその腕を優しく解き、自分の首に回させる。

「掴まっていろ」
「……ぅん」

 男の大きな両手は彼女の細い腰に。
 腰をぎりぎりまで引いて、一気に貫いた。

「あぁぁんッ」

 少女の身体が派手に跳躍する。
 ジョーリィは恋人の腰を抑え、激しく上下に動いた。
 体内で肌がぶつかり合う音と、液体の水音。
 そこに甘い甘い喘ぎ声が加われば、どんな言葉よりも想いは伝わり合う。

「あぅ……んっ! ッはぅ……っ!」
「……は、あ……」

 フェリチータの身体がずれないよう、腰を?み直して荒々しく下半身を叩き付ける。
 最奥を抉るように動かせば、高みはもう目前だった。

「あぁぁ……ん、ジョ……リィ……あぁんっ」

 喘ぎ声に混じる自分の名前。
 彼女に呼ばれるとすごく特別なような気がする。

「くっ……フェル……ッ」

 その瞬間、抑えていた熱い欲が駆け上り、蜜壺の中に勢い良く吐き出された。

「ゃん、ああぁっ!!」

 フェリチータも限界を迎え、大きく痙攣する。
 繋がれた秘部からは白濁の液体が大量に零れ、シーツを汚した。

「はぁ……はぁ……」

 すっかり疲れきってしまったフェリチータは、強すぎる快楽にぐったりしてしまう。
 ジョーリィもまた彼女の横に寝そべり、あやすように赤い髪を撫でていた。
 何よりも嬉しくて、幸せな時間。
 心地良い微睡みのまま、フェリチータは意識を手放そうとしたのだが。

「ぇ……んんぅ!」

 再びジョーリィに組み敷かれ、突然口づけられた。
 妖しく蠢く舌と手はまったく疲れを感じさせず、第二ラウンドへ向けて忙しなく動いている。
 普段引き籠もりのくせに、どこにそんな体力があるのかといっそ感心してしまう。
 けれどもこれ以上は本当に無理だと、フェリチータは懸命に反発した。

「も……できないよ……っ」
「我儘なお嬢様だ」

 まるでフェリチータの方が無茶をしているかのような言い種だ。
 むっとして形の良い眉を顰めてやれば、やれやれと言わんばかりの表情をする彼が憎らしい。
 言い返してやろうと口を開いたが、先に言葉を発したのはジョーリィだった。

「仕方がない、チャンスをやろう」
「……チャンス?」

 不審な単語に、少女は一層警戒を強める。
 けれどもジョーリィはお得意の人を食った笑みを浮かべ、低く重めの声で囁いた。

「カラスと書き物机がなぜ似ているか……答えがわかったら止めてあげようか」
「そんなのわかるわけ……ぁんっ」

 お話に登場した、答えのない謎かけを持ち出すなんてずるい。
 そんな言葉ごと塞ぐような烈々たるキスは、あっという間にフェリチータを悦楽の渦に引き込んだ。
 抗い難い愛欲は年に一度の特別な日を原動力にして、より激しく燃え盛る。
 チェシャ猫の口のような形をした月が浮かぶ、そんな夜の物語――。





fine.






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